致す事にする。
 八っちゃんの泣き声を聞いた主人は、朝っぱらからよほど癇癪《かんしゃく》が起ったと見えて、たちまちがばと布団《ふとん》の上に起き直った。こうなると精神修養も八木独仙も何もあったものじゃない。起き直りながら両方の手でゴシゴシゴシと表皮のむけるほど、頭中引き掻《か》き廻す。一ヵ月も溜っているフケは遠慮なく、頸筋《くびすじ》やら、寝巻の襟《えり》へ飛んでくる。非常な壮観である。髯《ひげ》はどうだと見るとこれはまた驚ろくべく、ぴん然とおっ立っている。持主が怒《おこ》っているのに髯だけ落ちついていてはすまないとでも心得たものか、一本一本に癇癪《かんしゃく》を起して、勝手次第の方角へ猛烈なる勢をもって突進している。これとてもなかなかの見物《みもの》である。昨日《きのう》は鏡の手前もある事だから、おとなしく独乙《ドイツ》皇帝陛下の真似をして整列したのであるが、一晩寝れば訓練も何もあった者ではない、直ちに本来の面目に帰って思い思いの出《い》で立《たち》に戻るのである。あたかも主人の一夜作りの精神修養が、あくる日になると拭《ぬぐ》うがごとく奇麗に消え去って、生れついての野猪的《やちょてき
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