ォ出る訳である。主人はしばらくしてグード・モーニング流にこの難解な言句《ごんく》を呑み込んだと見えて「なかなか意味深長だ。何でもよほど哲理を研究した人に違ない。天晴《あっぱれ》な見識だ」と大変賞賛した。この一言《いちごん》でも主人の愚《ぐ》なところはよく分るが、翻《ひるがえ》って考えて見るといささかもっともな点もある。主人は何に寄らずわからぬものをありがたがる癖を有している。これはあながち主人に限った事でもなかろう。分らぬところには馬鹿に出来ないものが潜伏して、測るべからざる辺には何だか気高《けだか》い心持が起るものだ。それだから俗人はわからぬ事をわかったように吹聴《ふいちょう》するにも係《かかわ》らず、学者はわかった事をわゥらぬように講釈する。大学の講義でもわからん事を喋舌《しゃべ》る人は評判がよくってわかる事を説明する者は人望がないのでもよく知れる。主人がこの手紙に敬服したのも意義が明瞭であるからではない。その主旨が那辺《なへん》に存するかほとんど捕《とら》え難いからである。急に海鼠《なまこ》が出て来たり、せつな糞《ぐそ》が出てくるからである。だから主人がこの文章を尊敬する唯一の理
前へ 次へ
全750ページ中528ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング