烽フか、何とも云わずに黙っている。同じ摩擦法はまた三四分繰り返される。最後に甘木先生は「さあもう開《あ》きませんぜ」と云われた。可哀想《かわいそう》に主人の眼はとうとう潰《つぶ》れてしまった。「もう開かんのですか」「ええもうあきません」主人は黙然《もくねん》として目を眠っている。吾輩は主人がもう盲目《めくら》になったものと思い込んでしまった。しばらくして先生は「あけるなら開いて御覧なさい。とうていあけないから」と云われる。「そうですか」と云うが早いか主人は普通の通り両眼《りょうがん》を開いていた。主人はにやにや笑いながら「懸かりませんな」と云うと甘木先生も同じく笑いながら「ええ、懸りません」と云う。催眠術はついに不成功に了《おわ》る。甘木先生も帰る。
その次に来たのが――主人のうちへこのくらい客の来た事はない。交際の少ない主人の家にしてはまるで嘘《うそ》のようである。しかし来たに相違ない。しかも珍客が来た。吾輩がこの珍客の事を一言《いちごん》でも記述するのは単に珍客であるがためではない。吾輩は先刻申す通り大事件の余瀾《よらん》を描《えが》きつつある。しかしてこの珍客はこの余瀾を描くに
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