烽、一杯飲もう」と杯《さかずき》を出す。
「今夜はなかなかあがるのね。もう大分《だいぶ》赤くなっていらっしゃいますよ」
「飲むとも――御前世界で一番長い字を知ってるか」
「ええ、前《さき》の関白太政大臣でしょう」
「それは名前だ。長い字を知ってるか」
「字って横文字ですか」
「うん」
「知らないわ、――御酒はもういいでしょう、これで御飯になさいな、ねえ」
「いや、まだ飲む。一番長い字を教えてやろうか」
「ええ。そうしたら御飯ですよ」
「Archaiomelesidonophrunicherata と云う字だ」
「出鱈目《でたらめ》でしょう」
「出鱈目なものか、希臘語《ギリシャご》だ」
「何という字なの、日本語にすれば」
「意味はしらん。ただ綴《つづ》りだけ知ってるんだ。長く書くと六寸三分くらいにかける」
 他人なら酒の上で云うべき事を、正気で云っているところがすこぶる奇観である。もっとも今夜に限って酒を無暗《むやみ》にのむ。平生なら猪口《ちょこ》に二杯ときめているのを、もう四杯飲んだ。二杯でも随分赤くなるところを倍飲んだのだから顔が焼火箸《やけひばし》のようにほてって、さも苦しそうだ。
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