O度も繰り返えされる必要はないのだ。ただ打《ぶ》って見ろと云う命令は、打つ事それ自身を目的とする場合のほかに用うべきものでない。打つのは向うの事、鳴くのはこっちの事だ。鳴く事を始めから予期して懸って、ただ打つと云う命令のうちに、こっちの随意たるべき鳴く事さえ含まってるように考えるのは失敬千万だ。他人の人格を重んぜんと云うものだ。猫を馬鹿にしている。主人の蛇蝎《だかつ》のごとく嫌う金田君ならやりそうな事だが、赤裸々をもって誇る主人としてはすこぶる卑劣である。しかし実のところ主人はこれほどけちな男ではないのである。だから主人のこの命令は狡猾《こうかつ》の極《きょく》に出《い》でたのではない。つまり智慧《ちえ》の足りないところから湧《わ》いた孑孑《ぼうふら》のようなものと思惟《しい》する。飯を食えば腹が張るに極《き》まっている。切れば血が出るに極っている。殺せば死ぬに極まっている。それだから打《ぶ》てば鳴くに極っていると速断をやったんだろう。しかしそれはお気の毒だが少し論理に合わない。その格で行くと川へ落ちれば必ず死ぬ事になる。天麩羅《てんぷら》を食えば必ず下痢《げり》する事になる。月給をも
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