ニ見える。だから先方でおとなしい挨拶をしても黙って板の間へ上がりはせん。今度は「何だ馬鹿野郎、人の桶《おけ》へ汚ない水をぴちゃぴちゃ跳《は》ねかす奴があるか」と喝《かっ》し去った。吾輩もこの小僧を少々心憎く思っていたから、この時心中にはちょっと快哉《かいさい》を呼んだが、学校教員たる主人の言動としては穏《おだや》かならぬ事と思、た。元来主人はあまり堅過ぎていかん。石炭のたき殻《がら》見たようにかさかさしてしかもいやに硬い。むかしハンニバルがアルプス山を超《こ》える時に、路の真中に当って大きな岩があって、どうしても軍隊が通行上の不便邪魔をする。そこでハンニバルはこの大きな岩へ醋《す》をかけて火を焚《た》いて、柔かにしておいて、それから鋸《のこぎり》でこの大岩を蒲鉾《かまぼこ》のように切って滞《とどこお》りなく通行をしたそうだ。主人のごとくこんな利目《ききめ》のある薬湯へ煮《う》だるほど這入《はい》っても少しも功能のない男はやはり醋をかけて火炙《ひあぶ》りにするに限ると思う。しからずんば、こんな書生が何百人出て来て、何十年かかったって主人の頑固《がんこ》は癒《なお》りっこない。この湯槽《ゆ
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