ても我慢が出来ん。吾輩は再びおさんの隙《すき》を見て台所へ這《は》い上《あが》った。すると間もなくまた投げ出された。吾輩は投げ出されては這い上り、這い上っては投げ出され、何でも同じ事を四五遍繰り返したのを記憶している。その時におさんと云う者はつくづくいやになった。この間おさんの三馬《さんま》を偸《ぬす》んでこの返報をしてやってから、やっと胸の痞《つかえ》が下りた。吾輩が最後につまみ出されようとしたときに、この家《うち》の主人が騒々しい何だといいながら出て来た。下女は吾輩をぶら下げて主人の方へ向ッてこの宿《やど》なしの小猫がいくら出しても出しても御台所《おだいどころ》へ上《あが》って来て困りますという。主人は鼻の下の黒い毛を撚《ひね》りながら吾輩の顔をしばらく眺《なが》めておったが、やがてそんなら内へ置いてやれといったまま奥へ這入《はい》ってしまった。主人はあまり口を聞かぬ人と見えた。下女は口惜《くや》しそうに吾輩を台所へ抛《ほう》り出した。かくして吾輩はついにこの家《うち》を自分の住家《すみか》と極《き》める事にしたのである。
吾輩の主人は滅多《めった》に吾輩と顔を合せる事がない。職
前へ
次へ
全750ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング