る谷あいを通り抜けて左へ廻って、前進すると右手に硝子窓《ガラスまど》があって、そのそとに丸い小桶《こおけ》が三角形|即《すなわ》ちピラミッドのごとく積みかさねてある。丸いものが三角に積まれるのは不本意千万だろうと、ひそかに小桶諸君の意を諒《りょう》とした。小桶の南側は四五尺の間《あいだ》板が余って、あたかも吾輩を迎うるもののごとく見える。板の高さは地面を去る約一メートルだから飛び上がるには御誂《おあつら》えの上等である。よろしいと云いながらひらりと身を躍《おど》らすといわゆる洗湯は鼻の先、眼の下、顔の前にぶらついている。天下に何が面白いと云って、未《いま》だ食わざるものを食い、未だ見ざるものを見るほどの愉快はない。諸君もうちの主人のごとく一週三度くらい、この洗湯界に三十分|乃至《ないし》四十分を暮すならいいが、もし吾輩のごとく風呂と云う烽フを見た事がないなら、早く見るがいい。親の死目《しにめ》に逢《あ》わなくてもいいから、これだけは是非見物するがいい。世界広しといえどもこんな奇観《きかん》はまたとあるまい。
何が奇観だ? 何が奇観だって吾輩はこれを口にするを憚《はば》かるほどの奇観だ
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