つきじ》へ打っちゃられに行った猫が無事に帰宅せん間は無暗《むやみ》に飛び込む訳には行かん。進化の法則で吾等猫輩の機能が狂瀾怒濤《きょうらんどとう》に対して適当の抵抗力を生ずるに至るまでは――換言すれば猫が死[#「死」に傍点]んだと云う代りに猫が上[#「上」に傍点]がったと云う語が一般に使用せらるるまでは――容易に海水浴は出来ん。
 海水浴は追って実行する事にして、運動だけは取りあえずやる事に取り極《き》めた。どうも二十世紀の今日《こんにち》運動せんのはいかにも貧民のようで人聞きがわるい。運動をせんと、運動せんのではない。運動が出来んのである、運動をする時間がないのである、余裕がないのだと鑑定される。昔は運動したものが折助《おりすけ》と笑われたごとく、今では運動をせぬ者が下等と見做《みな》されている。吾人の評価は時と場合に応じ吾輩の眼玉のごとく変化する。吾輩の眼玉はただ小さくなったり大きくなったりするばかりだが、人間の品隲《ひんしつ》とくると真逆《まっさ》かさまにひっくり返る。ひっくり返っても差《さ》し支《つか》えはない。物には両面がある、両端《りょうたん》がある。両端を叩《たた》いて黒
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