N目だから大方熊の画《え》だろうなどと気の知れぬことをいってすましているのでもわかる。
 吾輩が主人の膝《ひざ》の上で眼をねむりながらかく考えていると、やがて下女が第二の絵端書《えはがき》を持って来た。見ると活版で舶来の猫が四五|疋《ひき》ずらりと行列してペンを握ったり書物を開いたり勉強をしている。その内の一疋は席を離れて机の角で西洋の猫じゃ猫じゃを躍《おど》っている。その上に日本の墨で「吾輩は猫である」と黒々とかいて、右の側《わき》に書を読むや躍《おど》るや猫の春一日《はるひとひ》という俳句さえ認《したた》められてある。これは主人の旧門下生より来たので誰が見たって一見して意味がわかるはずであるのに、迂濶《うかつ》な主人はまだ悟らないと見えて不思議そうに首を捻《ひね》って、はてな今年は猫の年かなと独言《ひとりごと》を言った。吾輩がこれほど有名になったのを未《ま》だ気が着かずにいると見える。
 ところへ下女がまた第三の端書を持ってくる。今度は絵端書ではない。恭賀新年とかいて、傍《かたわ》らに乍恐縮《きょうしゅくながら》かの猫へも宜《よろ》しく御伝声《ごでんせい》奉願上候《ねがいあげたてま
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