黒い影は後《うし》ろに廻るかと思う間もなく吾輩の尻尾《しっぽ》へぶら下がる。瞬《またた》く間の出来事である。吾輩は何の目的もなく器械的に跳上《はねあが》る。満身の力を毛穴に込めてこの怪物を振り落とそうとする。耳に喰い下がったのは中心を失ってだらりと吾が横顔に懸る。護謨管《ゴムかん》のごとき柔かき尻尾の先が思い掛なく吾輩の口に這入る。屈竟《くっきょう》の手懸《てがか》りに、砕《くだ》けよとばかり尾を啣《くわ》えながら左右にふると、尾のみは前歯の間に残って胴体は古新聞で張った壁に当って、揚板の上に跳《は》ね返る。起き上がるところを隙間《すきま》なく乗《の》し掛《かか》れば、毬《まり》を蹴《け》たるごとく、吾輩の鼻づらを掠《かす》めて釣り段の縁《ふち》に足を縮めて立つ。彼は棚の上から吾輩を見おろす、吾輩は板の間から彼を見上ぐる。距離は五尺。その中に月の光りが、大幅《おおはば》の帯を空《くう》に張るごとく横に差し込む。吾輩は前足に力を込めて、やっとばかり棚の上に飛び上がろうとした。前足だけは首尾よく棚の縁《ふち》にかかったが後足《あとあし》は宙にもがいている。尻尾には最前の黒いものが、死ぬとも
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