たのに今日は袷《あわせ》に半袖《はんそで》のシャツだけで、朝から運動もせず枯坐《こざ》したぎりであるから、不充分な血液はことごとく胃のために働いて手足の方へは少しも巡回して来ない。
「先生教師などをしておったちゃとうていあかんですばい。ちょっと泥棒に逢っても、すぐ困る――一丁《いっちょう》今から考を換《か》えて実業家にでもなんなさらんか」
「先生は実業家は嫌《きらい》だから、そんな事を言ったって駄目よ」
と細君が傍《そば》から多々良君に返事をする。細君は無論実業家になって貰いたいのである。
「先生学校を卒業して何年になんなさるか」
「今年で九年目でしょう」と細君は主人を顧《かえり》みる。主人はそうだとも、そうで無いとも云わない。
「九年立っても月給は上がらず。いくら勉強しても人は褒《ほ》めちゃくれず、郎君《ろうくん》独寂寞《ひとりせきばく》ですたい」と中学時代で覚えた詩の句を細君のために朗吟すると、細君はちょっと分りかねたものだから返事をしない。
「教師は無論|嫌《きらい》だが、実業家はなお嫌いだ」と主人は何が好きだか心の裏《うち》で考えているらしい。
「先生は何でも嫌なんだから……
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