町内の同族共の夢安からぬまで浮かれ歩《あ》るく夜もあるとか云うが、吾輩はまだかかる心的変化に遭逢《そうほう》した事はない。そもそも恋は宇宙的の活力である。上《かみ》は在天の神ジュピターより下《しも》は土中に鳴く蚯蚓《みみず》、おけらに至るまでこの道にかけて浮身を窶《やつ》すのが万物の習いであるから、吾輩どもが朧《おぼろ》うれしと、物騒な風流気を出すのも無理のない話しである。回顧すればかく云《い》う吾輩も三毛子《みけこ》に思い焦《こ》がれた事もある。三角主義の張本金田君の令嬢阿倍川の富子さえ寒月君に恋慕したと云う噂《うわさ》である。それだから千金の春宵《しゅんしょう》を心も空に満天下の雌猫雄猫《めねこおねこ》が狂い廻るのを煩悩《ぼんのう》の迷《まよい》のと軽蔑《けいべつ》する念は毛頭ないのであるが、いかんせん誘われてもそんな心が出ないから仕方がない。吾輩目下の状態はただ休養を欲するのみである。こう眠くては恋も出来ぬ。のそのそと小供の布団《ふとん》の裾《すそ》へ廻って心地快《ここちよ》く眠る。……
ふと眼を開《あ》いて見ると主人はいつの間《ま》にか書斎から寝室へ来て細君の隣に延べてある布
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