うだがね」
「あの娘がか」
「ああ」
「怪《け》しからん奴だ、悪口を云うなんて。第一それじゃ寒月に意《い》がないんじゃないか」
「そこがさ、世の中は妙なもので、自分の好いている人の悪口などは殊更《ことさら》云って見る事もあるからね」
「そんな愚《ぐ》な奴がどこの国にいるものか」と主人は斯様《かよう》な人情の機微に立ち入った事を云われても頓《とん》と感じがない。
「その愚な奴が随分世の中にゃあるから仕方がない。現に金田の妻君もそう解釈しているのさ。戸惑《とまど》いをした糸瓜《へちま》のようだなんて、時々寒月さんの悪口を云いますから、よっぽど心の中《うち》では思ってるに相違ありませんと」
 主人はこの不可思議な解釈を聞いて、あまり思い掛けないものだから、眼を丸くして、返答もせず、鈴木君の顔を、大道易者《だいどうえきしゃ》のように眤《じっ》と見つめている。鈴木君はこいつ、この様子では、ことによるとやり損なうなと疳《かん》づいたと見えて、主人にも判断の出来そうな方面へと話頭を移す。
「君考えても分るじゃないか、あれだけの財産があってあれだけの器量なら、どこへだって相応の家《うち》へやれるだろう
前へ 次へ
全750ページ中239ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング