してやれって、さっき恬lが言い付けておいでなすったぜ」「そりゃ分っているよ」と神さんは悪口の三分の一を引き受けると云う意味を示す。なるほどこの手合が苦沙弥先生を冷やかしに来るなと三人の横を、そっと通り抜けて奥へ這入る。
 猫の足はあれども無きがごとし、どこを歩いても不器用な音のした試しがない。空を踏むがごとく、雲を行くがごとく、水中に磬《けい》を打つがごとく、洞裏《とうり》に瑟《しつ》を鼓《こ》するがごとく、醍醐《だいご》の妙味を甞《な》めて言詮《ごんせん》のほかに冷暖《れいだん》を自知《じち》するがごとし。月並な西洋館もなく、模範勝手もなく、車屋の神さんも、権助《ごんすけ》も、飯焚も、御嬢さまも、仲働《なかばたら》きも、鼻子夫人も、夫人の旦那様もない。行きたいところへ行って聞きたい話を聞いて、舌を出し尻尾《しっぽ》を掉《ふ》って、髭《ひげ》をぴんと立てて悠々《ゆうゆう》と帰るのみである。ことに吾輩はこの道に掛けては日本一の堪能《かんのう》である。草双紙《くさぞうし》にある猫又《ねこまた》の血脈を受けておりはせぬかと自《みずか》ら疑うくらいである。蟇《がま》の額《ひたい》には夜光《やこ
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