くちょん[#「ちょん」に傍点]髷《まげ》を頂いているんです。仕方がありません」とやたらに顋《あご》を撫《な》で廻す。「それでも君は、さっきの女に牧山男爵と云ったようだぜ」「そうおっしゃいましたよ、私も茶の間で聞いておりました」と細君もこれだけは主人の意見に同意する。「そうでしたかなアハハハハハ」と迷亭は訳《わけ》もなく笑う。「そりゃ嘘《うそ》ですよ。僕に男爵の伯父がありゃ、今頃は局長くらいになっていまさあ」と平気なものである。「何だか変だと思った」と主人は嬉しそうな、心配そうな顔付をする。「あらまあ、よく真面目であんな嘘が付けますねえ。あなたもよっぽど法螺《ほら》が御上手でいらっしゃる事」と細君は非常に感心する。「僕より、あの女の方が上《う》わ手《て》でさあ」「あなただって御負けなさる気遣《きづか》いはありません」「しかし奥さん、僕の法螺は単なる法螺ですよ。あの女のは、みんな魂胆があって、曰《いわ》く付きの嘘ですぜ。たちが悪いです。猿智慧《さるぢえ》から割り出した術数と、天来の滑稽趣味と混同されちゃ、コメディーの神様も活眼の士なきを嘆ぜざるを得ざる訳に立ち至りますからな」主人は俯目《ふ
前へ 次へ
全750ページ中178ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング