には極めて迂濶《うかつ》で、ことに実業界などでは、どこに、だれが何をしているか一向知らん。知っても尊敬畏服の念は毫《ごう》も起らんのである。鼻子の方では天《あめ》が下《した》の一隅にこんな変人がやはり日光に照らされて生活していようとは夢にも知らない。今まで世の中の人間にも大分《だいぶ》接して見たが、金田の妻《さい》ですと名乗って、急に取扱いの変らない場合はない、どこの会へ出ても、どんな身分の高い人の前でも立派に金田夫人で通して行かれる、いわんやこんな燻《くすぶ》り返った老書生においてをやで、私《わたし》の家《うち》は向う横丁の角屋敷《かどやしき》ですとさえ云えば職業などは聞かぬ先から驚くだろうと予期していたのである。
「金田って人を知ってるか」と主人は無雑作《むぞうさ》に迷亭に聞く。「知ってるとも、金田さんは僕の伯父の友達だ。この間なんざ園遊会へおいでになった」と迷亭は真面目な返事をする。「へえ、君の伯父さんてえな誰だい」「牧山男爵《まきやまだんしゃく》さ」と迷亭はいよいよ真面目である。主人が何か云おうとして云わぬ先に、鼻子は急に向き直って迷亭の方を見る。迷亭は大島紬《おおしまつむぎ》
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