》でもあろう。
こう考えると急に三人の談話が面白くなくなったので、三毛子の様子でも見て来《き》ようかと二絃琴《にげんきん》の御師匠さんの庭口へ廻る。門松《かどまつ》注目飾《しめかざ》りはすでに取り払われて正月も早《は》や十日となったが、うららかな春日《はるび》は一流れの雲も見えぬ深き空より四海天下を一度に照らして、十坪に足らぬ庭の面《おも》も元日の曙光《しょこう》を受けた時より鮮《あざや》かな活気を呈している。椽側に座蒲団《ざぶとん》が一つあって人影も見えず、障子も立て切ってあるのは御師匠さんは湯にでも行ったのか知らん。御師匠さんは留守でも構わんが、三毛子は少しは宜《い》い方か、それが気掛りである。ひっそりして人の気合《けわい》もしないから、泥足のまま椽側《えんがわ》へ上《あが》って座蒲団の真中へ寝転《ねこ》ろんで見るといい心持ちだ。ついうとうととして、三毛子の事も忘れてうたた寝をしていると、急に障子のうちで人声がする。
「御苦労だった。出来たかえ」御師匠さんはやはり留守ではなかったのだ。
「はい遅くなりまして、仏師屋《ぶっしや》へ参りましたらちょうど出来上ったところだと申しまして」
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