ナ、それだけなら宜《い》いですがその譫語のうちに私の名が時々出て来るというのです」
 主人は無論、迷亭先生も「御安《おやす》くないね」などという月並《つきなみ》は云わず、静粛に謹聴している。
「医者を呼んで見てもらうと、何だか病名はわからんが、何しろ熱が劇《はげ》しいので脳を犯しているから、もし睡眠剤《すいみんざい》が思うように功を奏しないと危険であると云う診断だそうで私はそれを聞くや否や一種いやな感じが起ったのです。ちょうど夢でうなされる時のような重くるしい感じで周囲の空気が急に固形体になって四方から吾が身をしめつけるごとく思われました。帰り道にもその事ばかりが頭の中にあって苦しくてたまらない。あの奇麗な、あの快活なあの健康な○○子さんが……」
「ちょっと失敬だが待ってくれ給え。さっきから伺っていると○○子さんと云うのが二|返《へん》ばかり聞えるようだが、もし差支《さしつか》えがなければ承《うけたま》わりたいね、君」と主人を顧《かえり》みると、主人も「うむ」と生返事《なまへんじ》をする。
「いやそれだけは当人の迷惑になるかも知れませんから廃《よ》しましょう」
「すべて曖々然《あいあい
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