小刀細工《こがたなざいく》で自分の領分に縄張りをするのが好きなんだと断言せざるを得ない。人間とはしいて苦痛を求めるものであると一言《いちごん》に評してもよかろう。
呑気《のんき》なる迷亭君と、禅機《ぜんき》ある独仙君とは、どう云う了見か、今日に限って戸棚から古碁盤を引きずり出して、この暑苦しいいたずらを始めたのである。さすがに御両人|御揃《おそろ》いの事だから、最初のうちは各自任意の行動をとって、盤の上を白石と黒石が自由自在に飛び交わしていたが、盤の広さには限りがあって、横竪《よこたて》の目盛りは一手《ひとて》ごとに埋《うま》って行くのだから、いかに呑気でも、いかに禅機があっても、苦しくなるのは当り前である。
「迷亭君、君の碁は乱暴だよ。そんな所へ這入《はい》ってくる法はない」
「禅坊主の碁にはこんな法はないかも知れないが、本因坊《ほんいんぼう》の流儀じゃ、あるんだから仕方がないさ」
「しかし死ぬばかりだぜ」
「臣死をだも辞せず、いわんや※[#「彑/(「比」の間に「矢」)」、第3水準1−84−28]肩《ていけん》をやと、一つ、こう行くかな」
「そうおいでになったと、よろしい。薫風|南《みんなみ》より来って、殿閣|微涼《びりょう》を生ず。こう、ついでおけば大丈夫なものだ」
「おや、ついだのは、さすがにえらい。まさか、つぐ気遣《きづかい》はなかろうと思った。ついで、くりゃるな八幡鐘《はちまんがね》をと、こうやったら、どうするかね」
「どうするも、こうするもないさ。一剣天に倚《よ》って寒し――ええ、面倒だ。思い切って、切ってしまえ」
「やや、大変大変。そこを切られちゃ死んでしまう。おい冗談《じょうだん》じゃない。ちょっと待った」
「それだから、さっきから云わん事じゃない。こうなってるところへは這入《はい》れるものじゃないんだ」
「這入って失敬|仕《つかまつ》り候。ちょっとこの白をとってくれたまえ」
「それも待つのかい」
「ついでにその隣りのも引き揚げて見てくれたまえ」
「ずうずうしいぜ、おい」
「Do you see the boy か。――なに君と僕の間柄じゃないか。そんな水臭い事を言わずに、引き揚げてくれたまえな。死ぬか生きるかと云う場合だ。しばらく、しばらくって花道《はなみち》から馳《か》け出してくるところだよ」
「そんな事は僕は知らんよ」
「知らなくってもいいから、ちょっとどけたまえ」
「君さっきから、六|返《ぺん》待ったをしたじゃないか」
「記憶のいい男だな。向後《こうご》は旧に倍し待ったを仕《つかまつ》り候。だからちょっとどけたまえと云うのだあね。君もよッぽど強情だね。座禅なんかしたら、もう少し捌《さば》けそうなものだ」
「しかしこの石でも殺さなければ、僕の方は少し負けになりそうだから……」
「君は最初から負けても構わない流じゃないか」
「僕は負けても構わないが、君には勝たしたくない」
「飛んだ悟道だ。相変らず春風影裏《しゅんぷうえいり》に電光《でんこう》をきってるね」
「春風影裏じゃない、電光影裏だよ。君のは逆《さかさ》だ」
「ハハハハもうたいてい逆《さ》かになっていい時分だと思ったら、やはりたしかなところがあるね。それじゃ仕方がないあきらめるかな」
「生死事大《しょうしじだい》、無常迅速《むじょうじんそく》、あきらめるさ」
「アーメン」と迷亭先生今度はまるで関係のない方面へぴしゃりと一石《いっせき》を下《くだ》した。
床の間の前で迷亭君と独仙君が一生懸命に輸贏《しゅえい》を争っていると、座敷の入口には、寒月君と東風君が相ならんでその傍《そば》に主人が黄色い顔をして坐っている。寒月君の前に鰹節《かつぶし》が三本、裸のまま畳の上に行儀よく排列してあるのは奇観である。
この鰹節の出処《しゅっしょ》は寒月君の懐《ふところ》で、取り出した時は暖《あっ》たかく、手のひらに感じたくらい、裸ながらぬくもっていた。主人と東風君は妙な眼をして視線を鰹節の上に注いでいると、寒月君はやがて口を開いた。
「実は四日ばかり前に国から帰って来たのですが、いろいろ用事があって、方々|馳《か》けあるいていたものですから、つい上がられなかったのです」
「そう急いでくるには及ばないさ」と主人は例のごとく無愛嬌《ぶあいきょう》な事を云う。
「急いで来んでもいいのですけれども、このおみやげを早く献上《けんじょう》しないと心配ですから」
「鰹節じゃないか」
「ええ、国の名産です」
「名産だって東京にもそんなのは有りそうだぜ」と主人は一番大きな奴を一本取り上げて、鼻の先へ持って行って臭《にお》いをかいで見る。
「かいだって、鰹節の善悪《よしあし》はわかりませんよ」
「少し大きいのが名産たる所以《ゆえん》かね」
「まあ食べて御覧なさい」
「食べる事はどうせ食
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