が化物の記述だ。大分《だいぶ》骨が折れる。天水桶の方に、突っ立っている若造《わかぞう》が二人いる。立ったまま、向い合って湯をざぶざぶ腹の上へかけている。いい慰《なぐさ》みだ。双方共色の黒い点において間然《かんぜん》するところなきまでに発達している。この化物は大分《だいぶ》逞ましいなと見ていると、やがて一人が手拭で胸のあたりを撫《な》で廻しながら「金さん、どうも、ここが痛んでいけねえが何だろう」と聞くと金さんは「そりゃ胃さ、胃て云う奴は命をとるからね。用心しねえとあぶないよ」と熱心に忠告を加える。「だってこの左の方だぜ」た左肺《さはい》の方を指す。「そこが胃だあな。左が胃で、右が肺だよ」「そうかな、おらあまた胃はここいらかと思った」と今度は腰の辺を叩《たた》いて見せると、金さんは「そりゃ疝気《せんき》だあね」と云った。ところへ二十五六の薄い髯《ひげ》を生《は》やした男がどぶんと飛び込んだ。すると、からだに付いていた石鹸《シャボン》が垢《あか》と共に浮きあがる。鉄気《かなけ》のある水を透《す》かして見た時のようにきらきらと光る。その隣りに頭の禿《は》げた爺さんが五分刈を捕《とら》えて何か弁じている。双方共頭だけ浮かしているのみだ。「いやこう年をとっては駄目さね。人間もやきが廻っちゃ若い者には叶《かな》わないよ。しかし湯だけは今でも熱いのでないと心持が悪くてね」「旦那なんか丈夫なものですぜ。そのくらい元気がありゃ結\だ」「元気もないのさ。ただ病気をしないだけさ。人間は悪い事さえしなけりゃあ百二十までは生きるもんだからね」「へえ、そんなに生きるもんですか」「生きるとも百二十までは受け合う。御維新前《ごいっしんまえ》牛込に曲淵《まがりぶち》と云う旗本《はたもと》があって、そこにいた下男は百三十だったよ」「そいつは、よく生きたもんですね」「ああ、あんまり生き過ぎてつい自分の年を忘れてね。百までは覚えていましたがそれから忘れてしまいましたと云ってたよ。それでわしの知っていたのが百三十の時だったが、それで死んだんじゃない。それからどうなったか分らない。事によるとまだ生きてるかも知れない」と云いながら槽《ふね》から上《あが》る。髯《ひげ》を生《は》やしている男は雲母《きらら》のようなものを自分の廻りに蒔《ま》き散らしながら独《ひと》りでにやにや笑っていた。入れ代って飛び込んで来たのは普通一般の化物とは違って背中《せなか》に模様画をほり付けている。岩見重太郎《いわみじゅうたろう》が大刀《だいとう》を振り翳《かざ》して蟒《うわばみ》を退治《たいじ》るところのようだが、惜しい事に未《ま》だ竣功《しゅんこう》の期に達せんので、蟒はどこにも見えない。従って重太郎先生いささか拍子抜けの気味に見える。飛び込みながら「箆棒《べらぼう》に温《ぬ》るいや」と云った。するとまた一人続いて乗り込んだのが「こりゃどうも……もう少し熱くなくっちゃあ」と顔をしかめながら熱いのを我慢する気色《けしき》とも見えたが、重太郎先生と顔を見合せて「やあ親方」と挨拶《あいさつ》をする。重太郎は「やあ」と云ったが、やがて「民さんはどうしたね」と聞く。「どうしたか、じゃんじゃんが好きだからね」「じゃんじゃんばかりじゃねえ……」「そうかい、あの男も腹のよくねえ男だからね。――どう云うもんか人に好かれねえ、――どう云うものだか、――どうも人が信用しねえ。職人てえものは、あんなもんじゃねえが」「そうよ。民さんなんざあ腰が低いんじゃねえ、頭《ず》が高《た》けえんだ。それだからどうも信用されねえんだね」「本当によ。あれで一《い》っぱし腕があるつもりだから、――つまり自分の損だあな」「白銀町《しろかねちょう》にも古い人が亡《な》くなってね、今じゃ桶屋《おけや》の元さんと煉瓦屋《れんがや》の大将と親方ぐれえな者だあな。こちとらあこうしてここで生れたもんだが、民さんなんざあ、どこから来たんだか分りゃしねえ」「そうよ。しかしよくあれだけになったよ」「うん。どう云うもんか人に好かれねえ。人が交際《つきあ》わねえからね」と徹頭徹尾民さんを攻撃する。
天水桶はこのくらいにして、白い湯の方を見るとこれはまた非常な大入《おおいり》で、湯の中に人が這入《はい》ってると云わんより人の中に湯が這入ってると云う方が適当である。しかも彼等はすこぶる悠々閑々《ゆうゆうかんかん》たる物で、先刻《さっき》から這入るものはあるが出る物は一人もない。こう這入った上に、一週間もとめておいたら湯もよごれるはずだと感心してなおよく槽《おけ》の中を見渡すと、左の隅に圧《お》しつけられて苦沙弥先生が真赤《まっか》になってすくんでいる。可哀《かわい》そうに誰か路をあけて出してやればいいのにと思うのに誰も動きそうにもしなければ、主人も出ようとする気
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