ちょう》して大発明のように考えるのである。吾輩などは生れない前からそのくらいな事はちゃんと心得ている。第一海水がなぜ薬になるかと云えばちょっと海岸へ行けばすぐ分る事じゃないか。あんな広い所に魚が何|疋《びき》おるかェらないが、あの魚が一疋も病気をして医者にかかった試《ため》しがない。みんな健全に泳いでいる。病気をすれば、からだが利《き》かなくなる。死ねば必ず浮く。それだから魚の往生をあがる[#「あがる」に傍点]と云って、鳥の薨去《こうきょ》を、落ちる[#「落ちる」に傍点]と唱《とな》え、人間の寂滅《じゃくめつ》をごねる[#「ごねる」に傍点]と号している。洋行をして印度洋を横断した人に君、魚の死ぬところを見た事がありますかと聞いて見るがいい、誰でもいいえと答えるに極っている。それはそう答える訳だ。いくら往復したって一匹も波の上に今|呼吸《いき》を引き取った――呼吸《いき》ではいかん、魚の事だから潮《しお》を引き取ったと云わなければならん――潮を引き取って浮いているのを見た者はないからだ。あの渺々《びょうびょう》たる、あの漫々《まんまん》たる、大海《たいかい》を日となく夜となく続けざまに石炭を焚《た》いて探《さ》がしてあるいても古往|今来《こんらい》一匹も魚が上がっ[#「上がっ」に傍点]ておらんところをもって推論すれば、魚はよほど丈夫なものに違ないと云う断案はすぐに下す事が出来る。それならなぜ魚がそんなに丈夫なのかと云えばこれまた人間を待ってしかる後《のち》に知らざるなりで、訳《わけ》はない。すぐ分る。全く潮水《しおみず》を呑んで始終海水浴をやっているからだ。海水浴の功能はしかく魚に取って顕著《けんちょ》である。魚に取って顕著である以上は人間に取っても顕著でなくてはならん。一七五〇年にドクトル・リチャード・ラッセルがブライトンの海水に飛込めば四百四病|即席《そくせき》全快と大袈裟《おおげさ》な広告を出したのは遅い遅いと笑ってもよろしい。猫といえども相当の時機が到着すれば、みんな鎌倉あたりへ出掛けるつもりでいる。但《ただ》し今はいけない。物には時機がある。御維新前《ごいっしんまえ》の日本人が海水浴の功能を味わう事が出来ずに死んだごとく、今日《こんにち》の猫はいまだ裸体で海の中へ飛び込むべき機会に遭遇《そうぐう》しておらん。せいては事を仕損《しそ》んずる、今日のように築地《つきじ》へ打っちゃられに行った猫が無事に帰宅せん間は無暗《むやみ》に飛び込む訳には行かん。進化の法則で吾等猫輩の機能が狂瀾怒濤《きょうらんどとう》に対して適当の抵抗力を生ずるに至るまでは――換言すれば猫が死[#「死」に傍点]んだと云う代りに猫が上[#「上」に傍点]がったと云う語が一般に使用せらるるまでは――容易に海水浴は出来ん。
海水浴は追って実行する事にして、運動だけは取りあえずやる事に取り極《き》めた。どうも二十世紀の今日《こんにち》運動せんのはいかにも貧民のようで人聞きがわるい。運動をせんと、運動せんのではない。運動が出来んのである、運動をする時間がないのである、余裕がないのだと鑑定される。昔は運動したものが折助《おりすけ》と笑われたごとく、今では運動をせぬ者が下等と見做《みな》されている。吾人の評価は時と場合に応じ吾輩の眼玉のごとく変化する。吾輩の眼玉はただ小さくなったり大きくなったりするばかりだが、人間の品隲《ひんしつ》とくると真逆《まっさ》かさまにひっくり返る。ひっくり返っても差《さ》し支《つか》えはない。物には両面がある、両端《りょうたん》がある。両端を叩《たた》いて黒白《こくびゃく》の変化を同一物の上に起こすところが人間の融通のきくところである。方寸[#「方寸」に傍点]を逆《さ》かさまにして見ると寸方[#「寸方」に傍点]となるところに愛嬌《あいきょう》がある。天《あま》の橋立《はしだて》を股倉《またぐら》から覗《のぞ》いて見るとまた格別な趣《おもむき》が出る。セクスピヤも千古万古セクスピヤではつまらない。偶《たま》には股倉からハムレットを見て、君こりゃ駄目だよくらいに云う者がないと、文界も進歩しないだろう。だから運動をわるく云った連中が急に運動がしたくなって、女までがラケットを持って往来をあるき廻ったって一向《いっこう》不思議はない。ただ猫が運動するのを利《き》いた風だなどと笑いさえしなければよい。さて吾輩の運動はいかなる種類の運動かと不審を抱《いだ》く者があるかも知れんから一応説明しようと思う。御承知のごとく不幸にして機械を持つ事が出来ん。だからボールもバットも取り扱い方に困窮する。次には金がないから買う訳《わけ》に行かない。この二つの源因からして吾輩の選んだ運動は一文《いちもん》いらず器械なしと名づくべき種類に属する者と思う。そんなら、のそのそ
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