「お寺の鐘つき番に賄賂《わいろ》を使って、日没を合図に撞《つ》く鐘を一時間前に鳴らした。すると女などは浅墓《あさはか》なものだから、そら鐘が鳴ったと云うので、めいめい河岸《かし》へあつまって半襦袢《はんじゅばん》、半股引《はんももひき》の服装でざぶりざぶりと水の中へ飛び込んだ。飛び込みはしたものの、いつもと違って日が暮れない」
「烈《はげ》しい秋の日がかんかんしやしないか」
「橋の上を見ると男が大勢立って眺《なが》めている。恥ずかしいがどうする事も出来ない。大に赤面したそうだ」
「それで」
「それでさ、人間はただ眼前の習慣に迷わされて、根本の原理を忘れるものだから気をつけないと駄目だと云う事さ」
「なるほどありがたい御説教だ。眼前の習慣に迷わされの御話しを僕も一つやろうか。この間ある雑誌をよんだら、こう云う詐欺師《さぎし》の小説があった。僕がまあここで書画|骨董店《こっとうてん》を開くとする。で店頭に大家の幅《ふく》や、名人の道具類を並べておく。無論|贋物《にせもの》じゃない、正直正銘《しょうじきしょうめい》、うそいつわりのない上等品ばかり並べておく。上等品だからみんな高価にきまってる。そこへ物数奇《ものずき》な御客さんが来て、この元信《もとのぶ》の幅はいくらだねと聞く。六百円なら六百円と僕が云うと、その客が欲しい事はほしいが、六百円では手元に持ち合せがないから、残念だがまあ見合せよう」
「そう云うときまってるかい」と主人は相変らず芝居気《しばいぎ》のない事を云う。迷亭君はぬからぬ顔で、
「まあさ、小説だよ。云うとしておくんだ。そこで僕がなに代《だい》は構いませんから、お気に入ったら持っていらっしゃいと云う。客はそうも行かないからと躊躇《ちゅうちょ》する。それじゃ月賦《げっぷ》でいただきましょう、月賦も細く、長く、どうせこれから御贔屓《ごひいき》になるんですから――いえ、ちっとも御遠慮には及びません。どうです月に十円くらいじゃ。何なら月に五円でも構いませんと僕が極《ごく》きさく[#「きさく」に傍点]に云うんだ。それから僕と客の間に二三の問答があって、とど僕が狩野法眼《かのうほうげん》元信の幅を六百円ただし月賦十円払込の事で売渡す」
「タイムスの百科全書見たようですね」
「タイムスはたしかだが、僕のはすこぶる不慥《ふたしか》だよ。これからがいよいよ巧妙なる詐偽に取りか
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