子《こしきし》も舌を捲《ま》いて驚ろいたくらいのものさ」
「先生、子規さんとは御つき合でしたか」と正直な東風君は真率《しんそつ》な質問をかける。
「なにつき合わなくっても始終無線電信で肝胆相照らしていたもんだ」と無茶苦茶を云うので、東風先生あきれて黙ってしまった。寒月君は笑いながらまた進行する。
「それで置き所だけは出来た訳だが、今度は出すのに困った。ただ出すだけなら人目を掠《かす》めて眺《なが》めるくらいはやれん事はないが、眺めたばかりじゃ何にもならない。弾《ひ》かなければ役に立たない。弾けば音が出る。出ればすぐ露見する。ちょうど木槿垣《むくげがき》を一重隔てて南隣りは沈澱組《ちんでんぐみ》の頭領が下宿しているんだから剣呑《けんのん》だあね」
「困るね」と東風君が気の毒そうに調子を合わせる。
「なるほど、こりゃ困る。論より証拠音が出るんだから、小督《こごう》の局《つぼね》も全くこれでしくじったんだからね。これがぬすみ食をするとか、贋札《にせさつ》を造るとか云うなら、まだ始末がいいが、音曲《おんぎょく》は人に隠しちゃ出来ないものだからね」
「音さえ出なければどうでも出来るんですが……」
「ちょっと待った。音さえ出なけりゃと云うが、音が出なくても隠《かく》し了《おお》せないのがあるよ。昔《むか》し僕等が小石川の御寺で自炊をしている時分に鈴木の藤《とう》さんと云う人がいてね、この藤さんが大変|味淋《みりん》がすきで、ビールの徳利《とっくり》へ味淋を買って来ては一人で楽しみに飲んでいたのさ。ある日|藤《とう》さんが散歩に出たあとで、よせばいいのに苦沙弥君がちょっと盗んで飲んだところが……」
「おれが鈴木の味淋などをのむものか、飲んだのは君だぜ」と主人は突然大きな声を出した。
「おや本を読んでるから大丈夫かと思ったら、やはり聞いてるね。油断の出来ない男だ。耳も八丁、目も八丁とは君の事だ。なるほど云われて見ると僕も飲んだ。僕も飲んだには相違ないが、発覚したのは君の方だよ。――両君まあ聞きたまえ。苦沙弥先生元来酒は飲めないのだよ。ところを人の味淋だと思って一生懸命に飲んだものだから、さあ大変、顔中|真赤《まっか》にはれ上ってね。いやもう二目《ふため》とは見られないありさまさ……」
「黙っていろ。羅甸語《ラテンご》も読めない癖に」
「ハハハハ、それで藤《とう》さんが帰って来てビー
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