とあし》運ぶごとにがさがさするのが気にかかります。誰かあとをつけて来そうでたまりません。振り向いて見ると東嶺寺《とうれいじ》の森がこんもりと黒く、暗い中に暗く写っています。この東嶺寺と云うのは松平家《まつだいらけ》の菩提所《ぼだいしょ》で、庚申山《こうしんやま》の麓《ふもと》にあって、私の宿とは一丁くらいしか隔《へだた》っていない、すこぶる幽邃《ゆうすい》な梵刹《ぼんせつ》です。森から上はのべつ幕なしの星月夜で、例の天の河が長瀬川を筋違《すじかい》に横切って末は――末は、そうですね、まず布哇《ハワイ》の方へ流れています……」
「布哇は突飛だね」と迷亭君が云った。
「南郷街道をついに二丁来て、鷹台町《たかのだいまち》から市内に這入って、古城町《こじょうまち》を通って、仙石町《せんごくまち》を曲って、喰代町《くいしろちょう》を横に見て、通町《とおりちょう》を一丁目、二丁目、三丁目と順に通り越して、それから尾張町《おわりちょう》、名古屋町《なごやちょう》、鯱鉾町《しゃちほこちょう》、蒲鉾町《かまぼこちょう》……」
「そんなにいろいろな町を通らなくてもいい。要するにヴァイオリンを買ったのか、買わないのか」と主人がじれったそうに聞く。
「楽器のある店は金善《かねぜん》即ち金子善兵衛方ですから、まだなかなかです」
「なかなかでもいいから早く買うがいい」
「かしこまりました。それで金善方へ来て見ると、店にはランプがかんかんともって……」
「またかんかんか、君のかんかんは一度や二度で済まないんだから難渋《なんじゅう》するよ」と今度は迷亭が予防線を張った。
「いえ、今度のかんかんは、ほんの通り一返のかんかんですから、別段御心配には及びません。……灯影《ほかげ》にすかして見ると例のヴァイオリンが、ほのかに秋の灯《ひ》を反射して、くり込んだ胴の丸みに冷たい光を帯びています。つよく張った琴線《きんせん》の一部だけがきらきらと白く眼に映《うつ》ります。……」
「なかなか叙述がうまいや」と東風君がほめた。
「あれだな。あのヴァイオリンだなと思うと、急に動悸《どうき》がして足がふらふらします……」
「ふふん」と独仙君が鼻で笑った。
「思わず馳《か》け込んで、隠袋《かくし》から蝦蟇口《がまぐち》を出して、蝦蟇口の中から五円札を二枚出して……」
「とうとう買ったかい」と主人がきく。
「買おうと思いま
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