「そうね」
「殿下さまでも利《き》かないでしょう。法螺吹きもしようがないから、とても私《わたし》の手際《てぎわ》では、あの地蔵はどうする事も出来ませんと降参をしたそうです」
「いい気味ね」
「ええ、ついでに懲役《ちょうえき》にやればいいのに。――でも町内のものは大層気を揉《も》んで、また相談を開いたんですが、もう誰も引き受けるものがないんで弱ったそうです」
「それでおしまい?」
「まだあるのよ。一番しまいに車屋とゴロツキを大勢雇って、地蔵様の周《まわ》りをわいわい騒いであるいたんです。ただ地蔵様をいじめて、いたたまれないようにすればいいと云って、夜昼|交替《こうたい》で騒ぐんだって」
「御苦労様ですこと」
「それでも取り合わないんですとさ。地蔵様の方も随分強情ね」
「それから、どうして?」ととん[#「とん」に傍点]子が熱心に聞く。
「それからね、いくら毎日毎日騒いでも験《げん》が見えないので、大分《だいぶ》みんなが厭《いや》になって来たんですが、車夫やゴロツキは幾日《いくんち》でも日当《にっとう》になる事だから喜んで騒いでいましたとさ」
「雪江さん、日当ってなに?」とすん[#「すん」に傍点]子が質問をする。
「日当と云うのはね、御金の事なの」
「御金をもらって何にするの?」
「御金を貰ってね。……ホホホホいやなすん[#「すん」に傍点]子さんだ。――それで叔母さん、毎日毎晩から[#「から」に傍点]騒ぎをしていますとね。その時町内に馬鹿竹《ばかたけ》と云って、何《なんに》も知らない、誰も相手にしない馬鹿がいたんですってね。その馬鹿がこの騒ぎを見て御前方《おまえがた》は何でそんなに騒ぐんだ、何年かかっても地蔵一つ動かす事が出来ないのか、可哀想《かわいそう》なものだ、と云ったそうですって――」
「馬鹿の癖にえらいのね」
「なかなかえらい馬鹿なのよ。みんなが馬鹿竹《ばかたけ》の云う事を聞いて、物はためしだ、どうせ駄目だろうが、まあ竹にやらして見ようじゃないかとそれから竹に頼むと、竹は一も二もなく引き受けたが、そんな邪魔な騒ぎをしないでまあ静かにしろと車引やゴロツキを引き込まして飄然《ひょうぜん》と地蔵様の前へ出て来ました」
「雪江さん飄然[#「飄然」に傍点]て、馬鹿竹のお友達?」ととん子が肝心《かんじん》なところで奇問を放ったので、細君と雪江さんはどっと笑い出した。
「い
前へ 次へ
全375ページ中303ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング