ヘ建武時代の鉄で、性《しょう》のいい鉄だから決してそんな虞《おそ》れはない」
「いくら性のいい鉄だってそうはいきませんよ。現に寒月がそう云ったから仕方がないです」
「寒月というのは、あのガラス球《だま》を磨《す》っている男かい。今の若さに気の毒な事だ。もう少し何かやる事がありそうなものだ」
「可愛想《かわいそう》に、あれだって研究でさあ。あの球を磨り上げると立派な学者になれるんですからね」
「玉を磨《す》りあげて立派な学者になれるなら、誰にでも出来る。わしにでも出来る。ビードロやの主人にでも出来る。ああ云う事をする者を漢土《かんど》では玉人《きゅうじん》と称したもので至って身分の軽いものだ」と云いながら主人の方を向いて暗に賛成を求める。
「なるほど」と主人はかしこまっている。
「すべて今の世の学問は皆|形而下《けいじか》の学でちょっと結構なようだが、いざとなるとすこしも役には立ちませんてな。昔はそれと違って侍《さむらい》は皆|命懸《いのちが》けの商買《しょうばい》だから、いざと云う時に狼狽《ろうばい》せぬように心の修業を致したもので、御承知でもあらっしゃろうがなかなか玉を磨ったり針金を綯《よ》ったりするような容易《たやす》いものではなかったのでがすよ」
「なるほど」とやはりかしこまっている。
「伯父さん心の修業と云うものは玉を磨る代りに懐手《ふところで》をして坐り込んでるんでしょう」
「それだから困る。決してそんな造作《ぞうさ》のないものではない。孟子《もうし》は求放心《きゅうほうしん》と云われたくらいだ。邵康節《しょうこうせつ》は心要放《しんようほう》と説いた事もある。また仏家《ぶっか》では中峯和尚《ちゅうほうおしょう》と云うのが具不退転《ぐふたいてん》と云う事を教えている。なかなか容易には分らん」
「とうてい分りっこありませんね。全体どうすればいいんです」
「御前は沢菴禅師《たくあんぜんじ》の不動智神妙録《ふどうちしんみょうろく》というものを読んだ事があるかい」
「いいえ、聞いた事もありません」
「心をどこに置こうぞ。敵の身の働《はたらき》に心を置けば、敵の身の働に心を取らるるなり。敵の太刀《たち》に心を置けば、敵の太刀に心を取らるるなり。敵を切らんと思うところに心を置けば、敵を切らんと思うところに心を取らるるなり。わが太刀に心を置けば、我太刀に心を取らるるなり
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