》摩擦法《まさつほう》をやるよりほかに分別はない。しからばちょっとこすって参ろうかとまた椽側《えんがわ》から降りかけたが、いやこれも利害相償わぬ愚策だと心付いた。と云うのはほかでもない。松には脂《やに》がある。この脂《やに》たるすこぶる執着心の強い者で、もし一たび、毛の先へくっ付けようものなら、雷が鳴ってもバルチック艦隊が全滅しても決して離れない。しかのみならず五本の毛へこびりつくが早いか、十本に蔓延《まんえん》する。十本やられたなと気が付くと、もう三十本引っ懸っている。吾輩は淡泊《たんぱく》を愛する茶人的猫《ちゃじんてきねこ》である。こんな、しつこい、毒悪な、ねちねちした、執念深《しゅうねんぶか》い奴は大嫌だ。たとい天下の美猫《びみょう》といえどもご免蒙る。いわんや松脂《まつやに》においてをやだ。車屋の黒の両眼から北風に乗じて流れる目糞と択《えら》ぶところなき身分をもって、この淡灰色《たんかいしょく》の毛衣《けごろも》を大《だい》なしにするとは怪《け》しからん。少しは考えて見るがいい。といったところできゃつなかなか考える気遣《きづかい》はない。あの皮のあたりへ行って背中をつけるが早いか必ずべたりとおいでになるに極《きま》っている。こんな無分別な頓痴奇《とんちき》を相手にしては吾輩の顔に係わるのみならず、引いて吾輩の毛並に関する訳だ。いくら、むずむずしたって我慢するよりほかに致し方はあるまい。しかしこの二方法共実行出来んとなるとはなはだ心細い。今において一工夫《ひとくふう》しておかんとしまいにはむずむず、ねちねちの結果病気に罹《かか》るかも知れない。何か分別はあるまいかなと、後《あ》と足《あし》を折って思案したが、ふと思い出した事がある。うちの主人は時々手拭と石鹸《シャボン》をもって飄然《ひょうぜん》といずれへか出て行く事がある、三四十分して帰ったところを見ると彼の朦朧《もうろう》たる顔色《がんしょく》が少しは活気を帯びて、晴れやかに見える。主人のような汚苦《むさくる》しい男にこのくらいな影響を与えるなら吾輩にはもう少し利目《ききめ》があるに相違ない。吾輩はただでさえこのくらいな器量だから、これより色男になる必要はないようなものの、万一病気に罹《かか》って一歳|何《なん》が月《げつ》で夭折《ようせつ》するような事があっては天下の蒼生《そうせい》に対して申し訳がない。
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