ざいましたね」「僕は禿にはならずにすんだが、その代りにこの通りその時から近眼《きんがん》になりました」と金縁の眼鏡をとってハンケチで叮嚀《ていねい》に拭《ふ》いている。しばらくして主人は思い出したように「全体どこが神秘的なんだい」と念のために聞いて見る。「あの鬘はどこで買ったのか、拾ったのかどう考えても未《いま》だに分らないからそこが神秘さ」と迷亭君はまた眼鏡を元のごとく鼻の上へかける。「まるで噺《はな》し家《か》の話を聞くようでござんすね」とは細君の批評であった。
迷亭の駄弁もこれで一段落を告げたから、もうやめるかと思いのほか、先生は猿轡《さるぐつわ》でも嵌《は》められないうちはとうてい黙っている事が出来ぬ性《たち》と見えて、また次のような事をしゃべり出した。
「僕の失恋も苦《にが》い経験だが、あの時あの薬缶《やかん》を知らずに貰ったが最後生涯の目障《めざわ》りになるんだから、よく考えないと険呑《けんのん》だよ。結婚なんかは、いざと云う間際になって、飛んだところに傷口が隠れているのを見出《みいだ》す事がある者だから。寒月君などもそんなに憧憬《しょうけい》したり※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]《しょうきょう》したり独《ひと》りでむずかしがらないで、篤《とく》と気を落ちつけて珠《たま》を磨《す》るがいいよ」といやに異見めいた事を述べると、寒月君は「ええなるべく珠ばかり磨っていたいんですが、向うでそうさせないんだから弱り切ります」とわざと辟易《へきえき》したような顔付をする。「そうさ、君などは先方が騒ぎ立てるんだが、中には滑稽なのがあるよ。あの図書館へ小便をしに来た老梅《ろうばい》君などになるとすこぶる奇だからね」「どんな事をしたんだい」と主人が調子づいて承《うけたま》わる。「なあに、こう云う訳さ。先生その昔静岡の東西館へ泊った事があるのさ。――たった一と晩だぜ――それでその晩すぐにそこの下女に結婚を申し込んだのさ。僕も随分|呑気《のんき》だが、まだあれほどには進化しない。もっともその時分には、あの宿屋に御夏《おなつ》さんと云う有名な別嬪《べっぴん》がいて老梅君の座敷へ出たのがちょうどその御夏さんなのだから無理はないがね」「無理がないどころか君の何とか峠とまるで同じじゃないか」「少し似てい
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