る。それを片端から蓆《むしろ》でも巻くごとくぐるぐる畳む。「どうですこの通り」と丸めた帽子を懐中へ入れて見せる。「不思議です事ねえ」と細君は帰天斎正一《きてんさいしょういち》の手品でも見物しているように感嘆すると、迷亭もその気になったものと見えて、右から懐中に収めた帽子をわざと左の袖口《そでぐち》から引っ張り出して「どこにも傷はありません」と元のごとくに直して、人さし指の先へ釜の底を載《の》せてくるくると廻す。もう休《や》めるかと思ったら最後にぽんと後《うし》ろへ放《な》げてその上へ堂《ど》っさりと尻餅を突いた。「君大丈夫かい」と主人さえ懸念《けねん》らしい顔をする。細君は無論の事心配そうに「せっかく見事な帽子をもし壊《こ》わしでもしちゃあ大変ですから、もう好い加減になすったら宜《よ》うござんしょう」と注意をする。得意なのは持主だけで「ところが壊われないから妙でしょう」と、くちゃくちゃになったのを尻の下から取りoしてそのまま頭へ載せると、不思議な事には、頭の恰好《かっこう》にたちまち回復する。「実に丈夫な帽子です事ねえ、どうしたんでしょう」と細君がいよいよ感心すると「なにどうもしたんじゃありません、元からこう云う帽子なんです」と迷亭は帽子を被ったまま細君に返事をしている。
「あなたも、あんな帽子を御買になったら、いいでしょう」としばらくして細君は主人に勧めかけた。「だって苦沙弥君は立派な麦藁《むぎわら》の奴を持ってるじゃありませんか」「ところがあなた、せんだって小供があれを踏み潰《つぶ》してしまいまして」「おやおやそりゃ惜しい[#「惜しい」は底本では「措しい」]事をしましたね」「だから今度はあなたのような丈夫で奇麗なのを買ったら善かろうと思いますんで」と細君はパナマの価段《ねだん》を知らないものだから「これになさいよ、ねえ、あなた」としきりに主人に勧告している。
 迷亭君は今度は右の袂《たもと》の中から赤いケース入りの鋏《はさみ》を取り出して細君に見せる。「奥さん、帽子はそのくらいにしてこの鋏を御覧なさい。これがまたすこぶる重宝《ちょうほう》な奴で、これで十四通りに使えるんです」この鋏が出ないと主人は細君のためにパナマ責めになるところであったが、幸に細君が女として持って生れた好奇心のために、この厄運《やくうん》を免《まぬ》かれたのは迷亭の機転と云わんよりむしろ僥倖《
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