じゅんわん》の中で盛に舞踏会を催うしている。せめて吾輩の這入《はい》れるだけ御三がこの戸を開けておけば善いのに、気の利かぬ山出しだ。
 今度はへっついの影で吾輩の鮑貝《あわびがい》がことりと鳴る。敵はこの方面へも来たなと、そーっと忍び足で近寄ると手桶《ておけ》の間から尻尾《しっぽ》がちらと見えたぎり流しの下へ隠れてしまった。しばらくすると風呂場でうがい茶碗が金盥《かなだらい》にかちりと当る。今度は後方《うしろ》だと振りむく途端に、五寸近くある大《おおき》な奴がひらりと歯磨の袋を落して椽《えん》の下へ馳《か》け込む。逃がすものかと続いて飛び下りたらもう影も姿も見えぬ。鼠を捕《と》るのは思ったよりむずかしい者である。吾輩は先天的鼠を捕る能力がないのか知らん。
 吾輩が風呂場へ廻ると、敵は戸棚から馳け出し、戸棚を警戒すると流しから飛び上り、台所の真中に頑張《がんば》っていると三方面共少々ずつ騒ぎ立てる。小癪《こしゃく》と云おうか、卑怯《ひきょう》と云おうかとうてい彼等は君子の敵でない。吾輩は十五六回はあちら、こちらと気を疲らし心《しん》を労《つか》らして奔走努力して見たがついに一度も成功しない。残念ではあるがかかる小人《しょうじん》を敵にしてはいかなる東郷大将も施《ほど》こすべき策がない。始めは勇気もあり敵愾心《てきがいしん》もあり悲壮と云う崇高な美感さえあったがついには面倒と馬鹿気ているのと眠いのと疲れたので台所の真中へ坐ったなり動かない事になった。しかし動かんでも八方睨《はっぽうにら》みを極《き》め込んでいれば敵は小人だから大した事は出来んのである。目ざす敵と思った奴が、存外けちな野郎だと、戦争が名誉だと云う感じが消えて悪《に》くいと云う念だけ残る。悪《に》くいと云う念を通り過すと張り合が抜けてぼーとする。ぼーとしたあとは勝手にしろ、どうせ気の利《き》いた事は出来ないのだからと軽蔑《けいべつ》の極《きょく》眠《ねむ》たくなる。吾輩は以上の径路をたどって、ついに眠くなった。吾輩は眠る。休養は敵中に在《あ》っても必要である。
 横向に庇《ひさし》を向いて開いた引窓から、また花吹雪《はなふぶき》を一塊《ひとかたま》りなげ込んで、烈しき風の吾を遶《めぐ》ると思えば、戸棚の口から弾丸のごとく飛び出した者が、避くる間《ま》もあらばこそ、風を切って吾輩の左の耳へ喰いつく。これに続く
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