突然|起《た》ってステッキを持って、往来へ飛び出す。迷亭は手を拍《う》って「面白い、やれやれ」と云う。寒月は羽織の紐を撚《ひね》ってにやにやする。吾輩は主人のあとを付けて垣の崩れから往来へ出て見たら、真中に主人が手持無沙汰にステッキを突いて立っている。人通りは一人もない、ちょっと狐《きつね》に抓《つま》まれた体《てい》である。
四
例によって金田邸へ忍び込む。
例によって[#「例によって」に傍点]とは今更《いまさら》解釈する必要もない。しばしば[#「しばしば」に傍点]を自乗《じじょう》したほどの度合を示す語《ことば》である。一度やった事は二度やりたいもので、二度試みた事は三度試みたいのは人間にのみ限らるる好奇心ではない、猫といえどもこの心理的特権を有してこの世界に生れ出でたものと認定していただかねばならぬ。三度以上繰返す時始めて習慣なる語を冠せられて、この行為が生活上の必要と進化するのもまた人間と相違はない。何のために、かくまで足繁《あししげ》く金田邸へ通うのかと不審を起すならその前にちょっと人間に反問したい事がある。なぜ人間は口から煙を吸い込んで鼻から吐き出すのであるか、腹の足《た》しにも血の道の薬にもならないものを、恥《はず》かし気《げ》もなく吐呑《とどん》して憚《はば》からざる以上は、吾輩が金田に出入《しゅつにゅう》するのを、あまり大きな声で咎《とが》め立《だ》てをして貰いたくない。金田邸は吾輩の煙草《たばこ》である。
忍び込む[#「忍び込む」に傍点]と云うと語弊がある、何だか泥棒か間男《まおとこ》のようで聞き苦しい。吾輩が金田邸へ行くのは、招待こそ受けないが、決して鰹《かつお》の切身《きりみ》をちょろまかしたり、眼鼻が顔の中心に痙攣的《けいれんてき》に密着している狆《ちん》君などと密談するためではない。――何探偵?――もってのほかの事である。およそ世の中に何が賤《いや》しい家業《かぎょう》だと云って探偵と高利貸ほど下等な職はないと思っている。なるほど寒月君のために猫にあるまじきほどの義侠心《ぎきょうしん》を起して、一度《ひとたび》は金田家の動静を余所《よそ》ながら窺《うかが》った事はあるが、それはただの一遍で、その後は決して猫の良心に恥ずるような陋劣《ろうれつ》な振舞を致した事はない。――そんなら、なぜ忍び込む[#「忍び込む」に傍点
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