子の裏《うち》で鼻子の声がする。ここだと立ち留まって、左右の耳をはすに切って、息を凝《こ》らす。「貧乏教師の癖に生意気じゃありませんか」と例の金切《かなき》り声《ごえ》を振り立てる。「うん、生意気な奴だ、ちと懲《こ》らしめのためにいじめてやろう。あの学校にゃ国のもの烽「るからな」「誰がいるの?」「津木《つき》ピン助《すけ》や福地《ふくち》キシャゴがいるから、頼んでからかわしてやろう」吾輩は金田君の生国《しょうごく》は分らんが、妙な名前の人間ばかり揃《そろ》った所だと少々驚いた。金田君はなお語をついで、「あいつは英語の教師かい」と聞く。「はあ、車屋の神さんの話では英語のリードルか何か専門に教えるんだって云います」「どうせ碌《ろく》な教師じゃあるめえ」あるめえ[#「あるめえ」に傍点]にも尠《すく》なからず感心した。「この間ピン助に遇《あ》ったら、私《わたし》の学校にゃ妙な奴がおります。生徒から先生番茶[#「番茶」に傍点]は英語で何と云いますと聞かれて、番茶[#「番茶」に傍点]は Savage tea であると真面目に答えたんで、教員間の物笑いとなっています、どうもあんな教員があるから、ほかのものの、迷惑になって困りますと云ったが、大方《おおかた》あいつの事だぜ」「あいつに極《きま》っていまさあ、そんな事を云いそうな面構《つらがま》えですよ、いやに髭《ひげ》なんか生《は》やして」「怪《け》しからん奴だ」髭を生やして怪しからなければ猫などは一疋だって怪しかりようがない。「それにあの迷亭とか、へべれけとか云う奴は、まあ何てえ、頓狂な跳返《はねっかえ》りなんでしょう、伯父の牧山男爵だなんて、あんな顔に男爵の伯父なんざ、有るはずがないと思ったんですもの」「御前がどこの馬の骨だか分らんものの言う事を真《ま》に受けるのも悪い」「悪いって、あんまり人を馬鹿にし過ぎるじゃありませんか」と大変残念そうである。不思議な事には寒月君の事は一言半句《いちごんはんく》も出ない。吾輩の忍んで来る前に評判記はすんだものか、またはすでに落第と事が極《きま》って念頭にないものか、その辺《へん》は懸念《けねん》もあるが仕方がない。しばらく佇《たたず》んでいると廊下を隔てて向うの座敷でベルの音がする。そらあすこにも何か事がある。後《おく》れぬ先に、とその方角へ歩を向ける。
 来て見ると女が独《ひと》りで何か大
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