琥珀の中の蠅に似て鮮《あざや》かに見えるが死んでいると評しなければならないものがある。それで注意を要するというのであります。つまり変化をするものを捉《とら》えて変化を許さぬかのごとくピタリと定義を下す。巡査と云うものは白い服を着てサーベルを下げているものだなどとてんからきめられた日には巡査もやりきれないでしょう。家《うち》へ帰って浴衣《ゆかた》も着換える訳に行かなくなる。この暑いのに剣ばかり下げていなければすまないのは可哀想だ。騎兵とは馬に乗るものである。これも御尤《ごもっとも》には違ないが、いくら騎兵だって年が年中馬に乗りつづけに乗っている訳にも行かないじゃありませんか。少しは下りたいでさア。こう例を挙《あ》げれば際限がないから好加減《いいかげん》に切り上げます。実は開化の定義を下す御約束をしてしゃべっていたところがいつの間《ま》にか開化はそっち退《の》けになってむずかしい定義論に迷い込んではなはだ恐縮です。がこのくらい注意をした上でさて開化とは何者だと纏《まと》めてみたら幾分か学者の陥りやすい弊害を避け得られるしまたその便宜をも受ける事ができるだろうと思うのです。
でいよいよ開化
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