火を掛けての、馬も具足も皆焼いてしもうた。何とあちらのものは豪興をやるではないか」と話し終ってカラカラと心地よげに笑う。
「そう云う国へ行って見よと云うに主も余程意地張りだなあ」と又ウィリアムの胸の底へ探りの石を投げ込む。
「そんな国に黒い眼、黒い髪の男は無用じゃ」とウィリアムは自ら嘲る如くに云う。
「やはりその金色の髪の主の居る所が恋しいと見えるな」
「言うまでもない」とウィリアムはきっとなって幻影の盾を見る。中庭の隅《すみ》で鉄を打つ音、鋼を鍛える響、槌の音、ヤスリ[#「ヤスリ」に傍点]の響が聞え出す。夜はいつの間にかほのぼのと明け渡る。
七日《なぬか》に逼《せま》る戦は一日の命を縮めて愈六日となった。ウィリアムはシーワルドの勧むるままにクララへの手紙を認《したた》める。心が急《せ》くのと、わきが騒がしいので思う事の万分《まんぶ》一も書けぬ。「御身の髪は猶わが懐にあり、只この使と逃げ落ちよ、疑えば魔多し」とばかりで筆を擱《お》く。この手紙を受取ってクララに渡す者はいずこの何者か分らぬ。その頃|流行《はや》る楽人の姿となって夜鴉の城に忍び込んで、戦あるべき前の晩にクララを奪い出して
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