く。日を捨てず夜を捨てず、二六時中繰り返す真理は永劫《えいごう》無極の響きを伝えて剣打つ音を嘲り、弓引く音を笑う。百と云い千と云う人の叫びの、はかなくて憐《あわれ》むべきを罵《ののし》るときかれる。去れど城を守るものも、城を攻むるものも、おのが叫びの纔《わず》かにやんで、この深き響きを不用意に聞き得たるとき耻《は》ずかしと思えるはなし。ウィリアムは盾に凝る血の痕《あと》を見て「汝われをも呪うか」と剣を以て三たび夜叉の面を叩く。ルーファスは「烏なれば闇にも隠れん月照らぬ間に斬《き》って棄よ」と息捲く。シーワルドばかりは額の奥に嵌《は》め込まれたる如き双の眼《まなこ》を放って高く天主を見詰めたるまま一|言《こと》もいわぬ。
 海より吹く風、海へ吹く風と変りて、砕くる浪と浪の間にも新たに天地の響を添える。塔を繞《めぐ》る音、壁にあたる音の次第に募ると思ううち、城の内にて俄《にわ》かに人の騒ぐ気合《けはい》がする。それが漸々《だんだん》烈しくなる。千里の深きより来《きた》る地震の秒を刻み分を刻んで押し寄せるなと心付けばそれが夜鴉の城の真下で破裂したかと思う響がする。――シーワルドの眉《まゆ》は毛虫を撲《う》ちたるが如く反《そ》り返る。――櫓の窓から黒|烟《けむ》りが吹き出す。夜の中に夜よりも黒き烟りがむくむくと吹き出す。狭き出口を争うが為めか、烟の量は見る間に増して前なるは押され、後《あと》なるは押し、並ぶは互に譲るまじとて同時に溢《あふ》れ出《い》ずる様に見える。吹き募る野分《のわき》は真《ま》ともに烟を砕いて、丸く渦を巻いて迸《ほとばし》る鼻を、元の如く窓へ圧し返そうとする。風に喰い留められた渦は一度になだれて空に流れ込む。暫くすると吹き出す烟りの中に火の粉が交じり出す。それが見る間に殖える。殖えた火の粉は烟|諸共《もろとも》風に捲かれて大空に舞い上る。城を蔽う天の一部が櫓を中心として大なる赤き円を描いて、その円は不規則に海の方《かた》へと動いて行く。火の粉を梨地《なしじ》に点じた蒔絵《まきえ》の、瞬時の断間《たえま》もなく或《あるい》は消え或は輝きて、動いて行く円の内部は一点として活きて動かぬ箇所はない。――「占めた」とシーワルドは手を拍《う》って雀躍《こおどり》する。
 黒烟りを吐き出して、吐き尽したる後は、太き火※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]《
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