+禹」、第3水準1−92−38]々《くく》として独《ひと》り行くと云う句に似ている。
実は夕食《ゆうめし》もまだ食わない。いつもなら通りへ出ると、すぐ西洋料理へでも飛び込む料簡《りょうけん》で、得意な襞《ひだ》の正しい洋袴を、誇り顔に運ぶはずである。今宵《こよい》はいつまで立っても腹も減らない。牛乳《ミルク》さえ飲む気にならん。陽気は暖か過ぎる。胃は重い。引く足は千鳥にはならんが、確《しか》と踏答《ふみごた》えがないような心持である。そと卸《おろ》すせいかも知れぬ。さればとて、こつりと大地へ当てる気にはならん。巡査のようにあるけたなら世に朧は要《い》らぬ。次に心配は要らぬ。巡査だから、ああも歩ける。小野さんには――ことに今夜の小野さんには――巡査の真似は出来ない。
なぜこう気が弱いだろう――小野さんは考えながら、ふらふら歩いている。――なぜこう気が弱いだろう。頭脳も人には負けぬ。学問も級友の倍はある。挙止動作から衣服《きもの》の着こなし方に至って、ことごとく粋《すい》を尽くしていると自信している。ただ気が弱い。気が弱いために損をする。損をするだけならいいが乗《の》っ引《ぴ》きならぬ羽目《はめ》に陥《おち》る。水に溺《おぼ》れるものは水を蹴《け》ると何かの本にあった。背に腹は替えられぬ今の場合、と諦《あきら》めて蹴ってしまえばそれまでである。が……
女の話し声がする。人影は二つ、路の向う側をこちらへ近づいて来る。吾妻下駄《あずまげた》と駒下駄の音が調子を揃《そろ》えて生温《なまぬる》く宵を刻んで寛《ゆたか》なるなかに、話し声は聞える。
「洋灯《ランプ》の台を買って来て下さったでしょうか」と一人が云う。「そうさね」と一人が応《こた》える。「今頃は来ていらっしゃるかも知れませんよ」と前の声がまた云う。「どうだか」と後《あと》の声がまた応《こた》える。「でも買って行くとおっしゃったんでしょう」と押す。「ああ。――何だか暖《あった》か過ぎる晩だこと」と逃げる。「御湯のせいでござんすよ。薬湯は温《あった》まりますから」と説明する。
二人の話はここで小野さんの向側《むこうがわ》を通り越した。見送ると並ぶ軒下から頭の影だけが斜《はす》に出て、蕎麦屋の方へ動いて行く。しばらく首を捩《ね》じ向けて、立ち留っていた小野さんは、また歩き出した。
浅井のように気の毒気の少ないものなら、すぐ片づける事も出来る。宗近《むねちか》のような平気な男なら、苦もなくどうかするだろう。甲野《こうの》なら超然として板挟《いたばさ》みになっているかも知れぬ。しかし自分には出来ない。向《むこう》へ行って一歩深く陥《はま》り、こっちへ来て一歩深く陥る。双方へ気兼をして、片足ずつ双方へ取られてしまう。つまりは人情に絡《から》んで意思に乏しいからである。利害? 利害の念は人情の土台の上に、後《あと》から被《かぶ》せた景気の皮である。自分を動かす第一の力はと聞かれれば、すぐ人情だと答える。利害の念は第三にも第四にも、ことによったら全くなくっても、自分はやはり同様の結果に陥《おちい》るだろうと思う。――小野さんはこう考えて歩いて行く。
いかに人情でも、こんなに優柔ではいけまい。手を拱《こまぬ》いて、自然の為《な》すがままにして置いたら、事件はどう発展するか分らない。想像すると怖《おそろ》しくなる。人情に屈託していればいるほど、怖しい発展を、眼《ま》のあたりに見るようになるかもしれぬ。是非ここで、どうかせねばならん。しかし、まだ二三日の余裕はある。二三日よく考えた上で決断しても遅くはない。二三日立って善《よ》い智慧《ちえ》が出なければ、その時こそ仕方がない。浅井を捕《つらま》えて、孤堂先生への談判を頼んでしまう。実はさっきもその考で、浅井の帰りを勘定に入れて、二三日の猶予をと云った。こんな事は人情に拘泥《こうでい》しない浅井に限る。自分のような情に篤《あつ》いものはとうてい断わり切れない。――小野さんはこう考えて歩いて行く。
月はまだ天《そら》のなかにいる。流れんとして流るる気色《けしき》も見えぬ。地に落つる光は、冴《さ》ゆる暇なきを、重たき温気《おんき》に封じ込められて、限りなき大夢を半空に曳《ひ》く。乏しい星は雲を潜《くぐ》って向側《むこうがわ》へ抜けそうに見える。綿のなかに砲弾を打ち込んだのが辛《かろ》うじて輝やくようだ。静かに重い宵である。小野さんはこのなかを考えながら歩いて行く。今夜は半鐘も鳴るまい。
十五
部屋は南を向く。仏蘭西式《フランスしき》の窓は床《ゆか》を去る事五寸にして、すぐ硝子《ガラス》となる。明《あ》け放てば日が這入《はい》る。温《あたた》かい風が這入る。日は椅子《いす》の足で留まる。風は留まる事を知らぬ故、容赦なく天井《てんじょう》まで吹く。窓掛の裏まで渡る。からりとして朗らかな書斎になる。
仏蘭西窓を右に避けて一脚の机を据《す》える。蒲鉾形《かまぼこなり》に引戸を卸《おろ》せば、上から錠《じょう》がかかる。明ければ、緑の羅紗《らしゃ》を張り詰めた真中を、斜めに低く手元へ削《けず》って、背を平らかに、書を開くべき便宜《たより》とする。下は左右を銀金具の抽出《ひきだし》に畳み卸してその四つ目が床に着く。床は樟《くす》の木の寄木《よせき》に仮漆《ヴァーニッシ》を掛けて、礼に叶《かな》わぬ靴の裏を、ともすれば危からしめんと、てらてらする。
そのほかに洋卓《テエブル》がある。チッペンデールとヌーヴォーを取り合せたような組み方に、思い切った今様《いまよう》を華奢《きゃしゃ》な昔に忍ばして、室《へや》の真中を占領している。周囲《まわり》に並ぶ四脚の椅子は無論|同式《どうしき》の構造《つくり》である。繻子《しゅす》の模様も対《つい》とは思うが、日除《ひよけ》の白蔽《しろおい》に、卸す腰も、凭《もた》れる背も、ただ心安しと気を楽に落ちつけるばかりで、目の保養にはならぬ。
書棚は壁に片寄せて、間《けん》の高さを九尺|列《つら》ねて戸口まで続く。組めば重ね、離せば一段の棚を喜んで、亡き父が西洋《むこう》から取り寄せたものである。いっぱいに並べた書物が紺に、黄に、いろいろに、ゆかしき光を闘わすなかに花文字の、角文字《かくもじ》の金は、縦にも横にも奇麗である。
小野さんは欽吾《きんご》の書斎を見るたびに羨《うらやま》しいと思わぬ事はない。欽吾も無論|嫌《きら》ってはおらぬ。もとは父の居間であった。仕切りの戸を一つ明けると直《すぐ》応接間へ抜ける。残る一つを出ると内廊下から日本座敷へ続く。洋風の二間は、父が手狭《てぜま》な住居《すまい》を、二十世紀に取り拡《ひろ》げた便利の結果である。趣味に叶《かな》うと云わんよりは、むしろ実用に逼《せま》られて、時好の程度に己《おの》れを委却《いきゃく》した建築である。さほどに嬉《うれ》しい部屋ではない。けれども小野さんは非常に羨ましがっている。
こう云う書斎に這入《はい》って、好きな書物を、好きな時に読んで、厭《あ》きた時分に、好きな人と好きな話をしたら極楽《ごくらく》だろうと思う。博士論文はすぐ書いて見せる。博士論文を書いたあとは後代を驚ろかすような大著述をして見せる。定めて愉快だろう。しかし今のような下宿住居で、隣り近所の乱調子に頭を攪《か》き廻されるようではとうてい駄目である。今のように過去に追窮されて、義理や人情のごたごたに、日夜共心を使っていてはとうてい駄目である。自慢ではないが自分は立派な頭脳を持っている。立派な頭脳を持っているものは、この頭脳を使って世間に貢献するのが天職である。天職を尽すためには、尽し得るだけの条件がいる。こう云う書斎はその条件の一つである。――小野さんはこう云う書斎に這入《はい》りたくてたまらない。
高等学校こそ違え、大学では甲野《こうの》さんも小野さんも同年であった。哲学と純文学は科が異なるから、小野さんは甲野さんの学力を知りようがない。ただ「哲世界と実世界」と云う論文を出して卒業したと聞くばかりである。「哲世界と実世界」の価値は、読まぬ身に分るはずがないが、とにかく甲野さんは時計をちょうだいしておらん。自分はちょうだいしておる。恩賜の時計は時を計るのみならず、脳の善悪《よしあし》をも計る。未来の進歩と、学界の成功をも計る。特典に洩《も》れた甲野さんは大した人間ではないにきまっている。その上卒業してからこれと云う研究もしないようだ。深い考を内に蓄《たくわ》えているかも知れぬが、蓄えているならもう出すはずである。出さぬは蓄がない証拠と見て差支《さしつかえ》ない。どうしても自分は甲野さんより有益な材である。その有益な材を抱いて奔走に、六十円に、月々を衣食するに、甲野さんは、手を拱《こまぬ》いて、徒然《とぜん》の日を退屈そうに暮らしている。この書斎を甲野さんが占領するのはもったいない。自分が甲野の身分でこの部屋の主人《あるじ》となる事が出来るなら、この二年の間に相応の仕事はしているものを、親譲りの貧乏に、驥《き》も櫪《れき》に伏す天の不公平を、やむを得ず、今日《きょう》まで忍んで来た。一陽は幸《さち》なき人の上にも来《きた》り復《かえ》ると聞く。願くは願くはと小野さんは日頃に念じていた。――知らぬ甲野さんはぽつ然《ねん》として机に向っている。
正面の窓を明けたらば、石一級の歩に過ぎずして、広い芝生《しばふ》を一目に見渡すのみか、朗《ほがらか》な気が地つづきを、すぐ部屋のなかに這入るものを、甲野さんは締め切ったまま、ひそりと立て籠《こも》っている。
右手の小窓は、硝子《ガラス》を下《おろ》した上に、左右から垂れかかる窓掛に半《なか》ば蔽《おお》われている。通う光線《ひかり》は幽《かす》かに床《ゆか》の上に落つる。窓掛は海老茶《えびちゃ》の毛織に浮出しの花模様を埃《ほこり》のままに、二十日ほどは動いた事がないようである。色もだいぶ褪《さ》めた。部屋と調和のない装飾も、過渡時代の日本には当然として立派に通用する。窓掛の隙間《すきま》から硝子へ顔を圧《お》しつけて、外を覗《のぞ》くと扇骨木《かなめ》の植込《うえごみ》を通して池が見える。棒縞《ぼうじま》の間から横へ抜けた波模様のように、途切れ途切れに見える。池の筋向《すじむこう》が藤尾《ふじお》の座敷になる。甲野さんは植込も見ず、池も見ず、芝生も見ず、机に凭《よ》ってじっとしている。焚《た》き残された去年の石炭が、煖炉のなかにただ一個冷やかに春を観ずる体《てい》である。
やがて、かたりと書物を置き易《か》える音がする。甲野さんは手垢《てあか》の着いた、例の日記帳を取り出して、誌《つ》け始める。
「多くの人は吾《われ》に対して悪を施さんと欲す。同時に吾の、彼らを目して凶徒となすを許さず。またその凶暴に抗するを許さず。曰《いわ》く。命に服せざれば汝を嫉《にく》まんと」
細字《さいじ》に書き終った甲野さんは、その後《あと》に片仮名《かたかな》でレオパルジと入れた。日記を右に片寄せる。置き易えた書物を再び故《もと》の座に直して、静かに読み始める。細い青貝の軸を着けた洋筆《ペン》がころころと机を滑《すべ》って床《ゆか》に落ちた。ぽたりと黒いものが足の下に出来る。甲野さんは両手を机の角《かど》に突張って、心持腰を後《うしろ》へ浮かしたが、眼を落してまず黒いしたたりを眺めた。丸い輪に墨が余ってぱっと四方に飛んでいる。青貝は寝返りを打って、薄暗いなかに冷たそうな長い光を放つ。甲野さんは椅子をずらす。手捜《てさぐり》に取り上げた洋筆軸《ペンじく》は父が西洋から買って来てくれた昔土産《むかしみやげ》である。
甲野さんは、指先に軸を撮《つま》んだ手を裏返して、拾った物を、指の谷から滑らして掌《てのひら》のなかに落し込む。掌の向《むき》を上下に易《か》えると、長い軸は、ころころと前へ行き後《うし》ろへ戻る。動くたびにきらきら光る。小さい記念《かたみ》である。
洋筆軸を転がしながら、書物の続きを読む。頁《ページ》をはぐると
前へ
次へ
全49ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング