して、返れ返れと二度ほど揺《ゆす》って見せる。桜の杖《つえ》が暖かき日を受けて、またぴかりと肩の先に光ったと思う間《ま》もなく、彼は帰って来た。
「何だい」
「何だいじゃない。ここから登るんだ」
「こんな所から登るのか。少し妙だぜ。こんな丸木橋《まるきばし》を渡るのは妙だぜ」
「君見たようにむやみに歩行《ある》いていると若狭《わかさ》の国へ出てしまうよ」
「若狭へ出ても構わんが、いったい君は地理を心得ているのか」
「今大原女に聴《き》いて見た。この橋を渡って、あの細い道を向《むこう》へ一里上がると出るそうだ」
「出るとはどこへ出るのだい」
「叡山《えいざん》の上へさ」
「叡山の上のどこへ出るだろう」
「そりゃ知らない。登って見なければ分らないさ」
「ハハハハ君のような計画好きでもそこまでは聞かなかったと見えるね。千慮の一失か。それじゃ、仰《おお》せに従って渡るとするかな。君いよいよ登りだぜ。どうだ、歩行《ある》けるか」
「歩行けないたって、仕方がない」
「なるほど哲学者だけあらあ。それで、もう少し判然すると一人前《いちにんまえ》だがな」
「何でも好いから、先へ行くが好い」
「あとから尾
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