ために――二人の視線は水の向《むかい》の二人にあつまった。と共に、水の向の二人の視線も、水のこなたの二人に落ちた。見合す四人は、互に互を釘付《くぎづけ》にして立つ。際《きわ》どい瞬間である。はっと思う刹那《せつな》を一番早く飛び超《こ》えたものが勝になる。
 女はちらりと白足袋の片方を後《うしろ》へ引いた。代赭《たいしゃ》に染めた古代模様の鮮《あざや》かに春を寂《さ》びたる帯の間から、するすると蜿蜒《うね》るものを、引き千切《ちぎ》れとばかり鋭どく抜き出した。繊《ほそ》き蛇《だ》の膨《ふく》れたる頭《かしら》を掌《たなごころ》に握って、黄金《こがね》の色を細長く空に振れば、深紅《しんく》の光は発矢《はっし》と尾より迸《ほとば》しる。――次の瞬間には、小野さんの胸を左右に、燦爛《さんらん》たる金鎖が動かぬ稲妻《いなずま》のごとく懸《かか》っていた。
「ホホホホ一番あなたによく似合う事」
 藤尾の癇声《かんごえ》は鈍い水を敲《たた》いて、鋭どく二人の耳に跳《は》ね返って来た。
「藤……」と動き出そうとする宗近君の横腹を突かぬばかりに、甲野さんは前へ押した。宗近君の眼から活人画が消える。追い
前へ 次へ
全488ページ中418ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング