?」と云って鉛筆の進行を留めた甲野さんは
「どうだ。なかなか旨《うま》いだろう」と模様いっぱいになった紙片を、宗近君の方へ、洋卓の上を滑《すべ》らせる。
「何だこりゃ。恐ろしいたくさん書いたね」
「もう一時間以上書いている」
「僕が来なければ晩まで書いているんだろう。くだらない」
 甲野さんは何とも云わなかった。
「これが哲学と何か関係でもあるのかい」
「有っても好い」
「万有世界の哲学的象徴とでも云うんだろう。よく一人の頭でこんなに並べられたもんだね。紺屋《こんや》の上絵師《うわえし》と哲学者と云う論文でも書く気じゃないか」
 甲野さんは今度も何とも云わなかった。
「何だか、どうも相変らずぐずぐずしているね。いつ見ても煮え切らない」
「今日は特別煮え切らない」
「天気のせいじゃないか、ハハハハ」
「天気のせいより、生きてるせいだよ」
「そうさね、煮え切ってぴんぴんしているものは沢山《たんと》ないようだ。御互も、こうやって三十年近くも、しくしくして……」
「いつまでも浮世の鍋《なべ》の中で、煮え切れずにいるのさ」
 甲野さんはここに至って始めて笑った。
「時に甲野さん、今日は報告かたが
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