い。なるほど広い所に違ない」と先生は大いに感心している。なんだか田舎染《いなかじ》みて見える。小野さんは光沢《つや》の悪い先生の顔から眼を放して、自分の膝元を眺めた。カフスは真白である。七宝《しっぽう》の夫婦釦《めおとボタン》は滑《なめらか》な淡紅色《ときいろ》を緑の上に浮かして、華奢《きゃしゃ》な金縁のなかに暖かく包まれている。背広《せびろ》の地は品《ひん》の好い英吉利織《イギリスおり》である。自己をまのあたりに物色した時、小野さんは自己の住むべき世界を卒然と自覚した。先生に釣り込まれそうな際《きわ》どいところで急に忘れ物を思い出したような気分になる。先生には無論分らぬ。
「いっしょにあるいたのも久しぶりだね。今年でちょうど五年目になるかい」とさも可懐《なつかし》げに話しかける。
「ええ五年目です」
「五年目でも、十年目でも、こうして一つ所に住むようになれば結構さ。――小夜も喜んでいる」と後から継《つ》ぎ足したように一句を付け添えた。小野さんは早速《さそく》の返事を忘れて、暗い部屋のなかに竦《すくま》るような気がした。
「さっき御嬢さんが御出《おいで》でした」と仕方がないから渡し込む
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