なんどき》御世話にならんとも限らん。しかし久しぶりで東京へ御移《おうつり》ではさぞ御不自由で御困りだろう」
「二十年目になります」
「二十年目、そりゃあそりゃあ。二《ふ》た昔《むかし》ですな。御親類は」
「無いと同然で。久しい間、音信不通《いんしんふつう》にしておったものですからな」
「なるほど。それじゃ、全く小野|氏《うじ》だけが御力ですな。そりゃ、どうも、怪《け》しからん事になったもので」
「馬鹿を見ました」
「いやしかし、どうにか、なりましょう。そう御心配なさらずとも」
「心配は致しません。ただ馬鹿を見ただけで、先刻《さっき》よく娘にも因果《いんが》を含めて申し聞かしておきました」
「しかしせっかくこれまで御丹精になったものを、そう思い切りよく御断念《おあきらめ》になるのも惜《おし》いから、どうかここはひとまず私共に御任せ下さい。忰《せがれ》も出来るだけ骨を折って見たいと申しておりましたから」
「御好意は実に辱《かたじけ》ない。しかし先方で断わる以上は、娘も参りたくもなかろうし、参ると申しても私がやれんような始末で……」
小夜子は氷嚢《ひょうのう》をそっと上げて、額の露を丁寧に手拭《てぬぐい》でふいた。
「冷やすのは少し休《や》めて見よう。――なあ小夜子行かんでも好いな」
小夜子は氷嚢を盆へ載《の》せた。両手を畳の上へ突いて、盆の上へ蔽《お》いかぶせるように首を出す。氷嚢へぽたりぽたりと涙が垂れる。孤堂先生は枕に着けた胡麻塩頭《ごましおあたま》を
「好いな」と云いながら半分ほど後《うしろ》へ捩《ね》じ向けた。ぽたりと氷嚢へ垂れるところが見えた。
「ごもっともで。ごもっともで……」と宗近老人はとりあえず二遍つづけざまに述べる。孤堂先生の首は故《もと》の位地に復した。潤《うる》んだ眼をひからしてじっと老人を見守っている。やがて
「しかしそれがために小野が藤尾さんとか云う婦人と結婚でもしたら、御子息には御気の毒ですな」と云った。
「いや――そりゃ――御心配には及ばんです。忰は貰わん事にしました。多分――いや貰わんです。貰うと云っても私が不承知です。忰を嫌《きら》うような婦人は、忰が貰いたいと申しても私が許しません」
「小夜や、宗近さんの阿父《おとっ》さんも、ああおっしゃる。同《おんな》じ事だろう」
「私は――参らんでも――宜《よろ》しゅうございます」と小夜子が枕
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