《かね》てから藤尾に心のある宗近君である。外国で死んだ人が、これこそ娘の婿ととうから許していた宗近君である。昨日《きのう》まで二人の関係を知らずに、昔の望をそのままに繋《つな》いでいた宗近君である。偸《ぬす》まれた金の行先も知らずに、空金庫《からきんこ》を護《まも》っていた宗近君である。
秘密の雲は、春を射る金鎖の稲妻で、半《なかば》劈《つんざか》れた。眠っていた眼を醒《さま》しかけた金鎖のあとへ、浅井君が行って井上の事でも喋舌《しゃべ》ったら――困る。気の毒とはただ先方へ対して云う言葉である。気が咎《とが》めるとは、その上にこちらから済まぬ事をした場合に用いる。困るとなると、もう一層|上手《うわて》に出て、利害が直接に吾身《わがみ》の上に跳《は》ね返って来る時に使う。小野さんは宗近君の顔を見て大いに困った。
宗近君の来訪に対して歓迎の意を表する一点好意の核は、気の毒の輪[#「気の毒の輪」に傍点]で尻こそばゆく取り巻かれている。その上には気が咎める輪[#「気が咎める輪」に傍点]が気味わるそうに重なっている。一番外には困る輪[#「困る輪」に傍点]が黒墨を流したように際限なく未来に連《つら》なっている。そうして宗近君はこの未来を司《つかさ》どる主人公のように見えた。
「昨日《きのう》は失敬した」と宗近君が云う。小野さんは赤くなって下を向いた。あとから金時計が出るだろうと、心元なく煙草へ火を移す。宗近君はそんな気色《けしき》も見えぬ。
「小野さん、さっき浅井が来てね。その事でわざわざやって来た」とすぱりと云う。
小野さんの神経は一度にびりりと動いた。すこし、してから煙草の煙が陰気にむうっと鼻から出る。
「小野さん、敵《かたき》が来たと思っちゃいけない」
「いえけっして……」と云った時に小野さんはまたぎくりとした。
「僕は当《あて》っ擦《こす》りなどを云って、人の弱点に乗ずるような人間じゃない。この通り頭ができた。そんな暇は薬にしたくってもない。あっても僕のうちの家風に背《そむ》く……」
宗近君の意味は通じた。ただ頭のできた由来が分らなかった。しかし問い返すほどの勇気がないから黙っている。
「そんな卑《いや》しい人間と思われちゃ、急がしいところをわざわざ来た甲斐《かい》がない。君だって教育のある事理《わけ》の分った男だ。僕をそう云う男と見て取ったが最後、僕の云う事は
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