上に置くと見る見る冷《さ》めて来る。糸子は一度に元気を放散した。同時に陽気な眼を陰に俯《ふ》せて、畳みの目を勘定《かんじょう》し出した。
「どうだい、御嫁は。厭《いや》でもないだろう」
「知らないわ」と低い声で云う。やっぱり下を向いたままである。
「知らなくっちゃ困るね。兄さんが行くんじゃない、御前が行くんだ」
「行くって云いもしないのに」
「じゃ行かないのか」
 糸子は頭《かぶり》を竪《たて》に振った。
「行かない? 本当に」
 答はなかった。今度は首さえ動かさない。
「行かないとなると、兄さんが切腹しなけりゃならない。大変だ」
 俯向《うつむ》いた眼の色は見えぬ。ただ豊《ゆたか》なる頬を掠《かす》めて笑の影が飛び去った。
「笑い事じゃない。本当に腹を切るよ。好いかね」
「勝手に御切んなさい」と突然顔を上げた。にこにこと笑う。
「切るのは好いが、あんまり深刻だからね。なろう事ならこのまんまで生きている方が、御互に便利じゃないか。御前だってたった一人の兄さんに腹を切らしたって、つまらないだろう」
「誰もつまると云やしないわ」
「だから兄さんを助けると思ってうんと御云い」
「だって訳も話さないで、藪《やぶ》から棒《ぼう》にそんな無理を云ったって」
「訳は聞《きき》さえすれば、いくらでも話すさ」
「好くってよ、訳なんか聞かなくっても、私御嫁なんかに行かないんだから」
「糸公御前の返事は鼠花火《ねずみはなび》のようにくるくる廻っているよ。錯乱体《さくらんたい》だ」
「何ですって」
「なに、何でもいい、法律上の術語だから――それでね、糸公、いつまで行っても埓《らち》が明かないから、一《ひ》と思《おもい》に打ち明けて話してしまうが、実はこうなんだ」
「訳は聞いても御嫁にゃ行かなくってよ」
「条件つきに聞くつもりか。なかなか狡猾《こうかつ》だね。――実は兄さんが藤尾さんを御嫁に貰おうと思うんだがね」
「まだ」
「まだって今度《こんだ》が始《はじめ》てだね」
「だけれど、藤尾さんは御廃《およ》しなさいよ。藤尾さんの方で来たがっていないんだから」
「御前この間もそんな事を云ったね」
「ええ、だって、厭《いや》がってるものを貰わなくっても好いじゃありませんか。ほかに女がいくらでも有るのに」
「そりゃ大いにごもっともだ。厭なものを強請《ねだ》るなんて卑怯な兄さんじゃない。糸公の威信にも
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