左右に流す幅広の絹さえ、ぼんやりと近づく宵《よい》を迎えて、来る夜に紛《まぎ》れ込もうとする。先生も自分もぐずぐずすると一つ穴へはまって、影のように消えて行きそうだ。
「先生、御頼《おたのみ》の洋灯《ランプ》の台を買って来ました」
「それはありがたい。どれ」
 小野さんは薄暗いなかを玄関へ出て、台と屑籠《くずかご》を持ってくる。
「はあ――何だか暗くってよく見えない。灯火《あかり》を点《つ》けてから緩《ゆっ》くり拝見しよう」
「私が点《つ》けましょう。洋灯《ランプ》はどこにありますか」
「気の毒だね。もう帰って来る時分だが。じゃ椽側へ出ると右の戸袋のなかにあるから頼もう。掃除はもうしてあるはずだ」
 薄暗い影が一つ立って、障子《しょうじ》をすうと明ける。残る影はひそかに手を拱《こまぬ》いて動かぬほどを、夜は襲《おそ》って来る。六畳の座敷は淋《さみ》しい人を陰気に封じ込めた。ごほんごほんと咳をせく。
 やがて椽《えん》の片隅で擦《す》る燐寸《マッチ》の音と共に、咳はやんだ。明るいものは室《へや》のなかに動いて来る。小野さんは洋袴《ズボン》の膝を折って、五分心《ごぶじん》を新らしい台の上に載《の》せる。
「ちょうどよく合うね。据《すわ》りがいい。紫檀《したん》かい」
「模擬《まがい》でしょう」
「模擬でも立派なものだ。代は?」
「何ようござんす」
「よくはない。いくらかね」
「両方で四円少しです」
「四円。なるほど東京は物が高いね。――少しばかりの恩給でやって行くには京都の方が遥《はる》かに好いようだ」
 二三年前と違って、先生は些額《さがく》の恩給とわずかな貯蓄から上がる利子とで生活して行かねばならぬ。小野さんの世話をした時とはだいぶ違う。事に依れば小野さんの方から幾分か貢《みつ》いで貰いたいようにも見える。小野さんは畏《かしこ》まって控えている。
「なに小夜さえなければ、京都にいても差《さ》し支《つかえ》ないんだが、若い娘を持つとなかなか心配なもので……」と途中でちょっと休んで見せる。小野さんは畏まったまま応じなかった。
「私《わたし》などはどこの果《はて》で死のうが同じ事だが、後に残った小夜がたった一人で可哀想《かわいそう》だからこの年になって、わざわざ東京まで出掛けて来たのさ。――いかな故郷でももう出てから二十年にもなる。知合も交際《つきあい》もない。まるで他国
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