昨夕《ゆうべ》の事を打ち明けてこれこれであったと話してしまえばそれまでである。母は無論|躍起《やっき》になって、こっちに同情するに違ない。打ち明けて都合が悪いとは露思わぬが、進んで同情を求めるのは、餓《うえ》に逼《せま》って、知らぬ人の門口《かどぐち》に、一銭二銭の憐《あわれみ》を乞うのと大した相違はない。同情は我《が》の敵である。昨日《きのう》まで舞台に躍る操人形《あやつりにんぎょう》のように、物云うも懶《ものう》きわが小指の先で、意のごとく立たしたり、寝かしたり、果《はて》は笑わしたり、焦《じ》らしたり、どぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]さして、面白く興じていた手柄顔を、母も天晴《あっぱ》れと、うごめかす鼻の先に、得意の見栄《みえ》をぴくつかせていたものを、――あれは、ほんの表向で、内実の昨夕《ゆうべ》を見たら、招く薄《すすき》は向《むこう》へ靡《なび》く。知らぬ顔の美しい人と、睦《むつま》じく御茶を飲んでいたと、心外な蓋《ふた》をとれば、母の手前で器量が下がる。我が承知が出来ぬと云う。外《そ》れた鷹《たか》なら見限《みきり》をつけてもういらぬと話す。あとを跟《つ》けて鼻を鳴らさぬような犬ならば打ちやった後で、捨てて来たと公言する。小野さんの不心得はそこまでは進んでおらぬ。放って置けば帰るかも知れない。いや帰るに違ないと、小夜子と自分を比較した我が証言してくれる。帰って来た時に辛《から》い目に逢《あ》わせる。辛い目に逢わせた後で、立たしたり、寝かしたりする。笑わしたり、焦らしたり、どぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]さしたりする。そうして、面白そうな手柄顔《てがらがお》を、母に見せれば母への面目は立つ。兄と一《はじめ》に見せれば、両人《ふたり》への意趣返《いしゅがえ》しになる。――それまでは話すまい。藤尾は返事を見合せた。母は自分の誤解を悟る機会を永久に失った。
「さっき欽吾が来やしないか」と母はまた質問を掛ける。鯉は躍《おど》る。蓮《はす》は芽《め》を吹く、芝生はしだいに青くなる、辛夷《こぶし》は朽《く》ちた。謎の女はそんな事に頓着《とんじゃく》はない。日となく夜となく欽吾の幽霊で苦しめられている。書斎におれば何をしているかと思い、考えておれば何を考えているかと思い、藤尾の所へ来れば、どんな話をしに来たのかと思う。欽吾は腹を痛めぬ子である。腹を痛めぬ子に油断は出来ぬ
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