を情ない不幸の人と信じている。
 他人でも合わぬとは限らぬ。醤油《しょうゆ》と味淋《みりん》は昔から交っている。しかし酒と煙草をいっしょに呑《の》めば咳が出る。親の器《うつわ》の方円に応じて、盛らるる水の調子を合わせる欽吾ではない。日を経《へ》れば日を重ねて隔《へだた》りの関が出来る。この頃は江戸の敵《かたき》に長崎で巡《めぐ》り逢《あ》ったような心持がする。学問は立身出世の道具である。親の機嫌に逆《さから》って、師走《しわす》正月の拍子《ひょうし》をはずすための修業ではあるまい。金を掛けてわざわざ変人になって、学校を出ると世間に通用しなくなるのは不名誉である。外聞がわるい。嗣子《しし》としては不都合と思う。こんなものに死水《しにみず》を取って貰う気もないし、また取るほどの働のあるはずがない。
 幸《さいわい》と藤尾がいる。冬を凌《しの》ぐ女竹《めだけ》の、吹き寄せて夜《よ》を積る粉雪《こゆき》をぴんと撥《は》ねる力もある。十目《じゅうもく》を街頭に集むる春の姿に、蝶《ちょう》を縫い花を浮かした派出《はで》な衣裳《いしょう》も着せてある。わが子として押し出す世間は広い。晴れた天下を、晴れやかに練り行くを、迷うは人の随意である。三国一の婿《むこ》と名乗る誰彼を、迷わしてこそ、焦《じ》らしてこそ、育て上げた母の面目は揚《あが》る。海鼠《なまこ》の氷ったような他人にかかるよりは、羨《うらやま》しがられて華麗《はなやか》に暮れては明ける実の娘の月日に添うて墓に入るのが順路である。
 蘭《らん》は幽谷《ゆうこく》に生じ、剣は烈士に帰す。美くしき娘には、名ある聟《むこ》を取らねばならぬ。申込はたくさんあるが、娘の気に入らぬものは、自分の気に入らぬものは、役に立たぬ。指の太さに合わぬ指輪は貰っても捨てるばかりである。大き過ぎても小さ過ぎても聟には出来ぬ。したがって聟は今日《こんにち》まで出来ずにいた。燦《さん》として群がるもののうちにただ一人小野さんが残っている。小野さんは大変学問のできる人だと云う。恩賜の時計をいただいたと云う。もう少し立つと博士になると云う。のみならず愛嬌《あいきょう》があって親切である。上品で調子がいい。藤尾の聟として恥ずかしくはあるまい。世話になっても心持がよかろう。
 小野さんは申分《もうしぶん》のない聟である。ただ財産のないのが欠点である。しかし聟の財
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