どり》に対する適当な言葉は怒《いかり》である。無念と嫉妬《しっと》を交《ま》ぜ合せた怒である。文明の淑女は人を馬鹿にするを第一義とする。人に馬鹿にされるのを死に優《まさ》る不面目と思う。小野さんはたしかに淑女を辱《はずか》しめた。
 愛は信仰より成る。信仰は二つの神を念ずるを許さぬ。愛せらるべき、わが資格に、帰依《きえ》の頭《こうべ》を下げながら、二心《ふたごころ》の背を軽薄の街《ちまた》に向けて、何の社《やしろ》の鈴を鳴らす。牛頭《ごず》、馬骨《ばこつ》、祭るは人の勝手である。ただ小野さんは勝手な神に恋の御賽銭《おさいせん》を投げて、波か字かの辻占《つじうら》を見てはならぬ。小野さんは、この黒い眼から早速《さそく》に放つ、見えぬ光りに、空かけて織りなした無紋の網に引き掛った餌食《えじき》である。外へはやられぬ。神聖なる玩具として生涯《しょうがい》大事にせねばならぬ。
 神聖とは自分一人が玩具《おもちゃ》にして、外の人には指もささせぬと云う意味である。昨夕《ゆうべ》から小野さんは神聖でなくなった。それのみか向うでこっちを玩具にしているかも知れぬ。――肱《ひじ》を持たして、俯向《うつむ》くままの藤尾の眉が活きて来る。
 玩具にされたのならこのままでは置かぬ。我《が》は愛を八《や》つ裂《ざき》にする。面当《つらあて》はいくらもある。貧乏は恋を乾干《ひぼし》にする。富貴《ふうき》は恋を贅沢《ぜいたく》にする。功名は恋を犠牲にする。我は未練な恋を踏みつける。尖《とが》る錐《きり》に自分の股《もも》を刺し通して、それ見ろと人に示すものは我である。自己がもっとも価《あたい》ありと思うものを捨てて得意なものは我である。我が立てば、虚栄の市にわが命さえ屠《ほふ》る。逆《さか》しまに天国を辞して奈落の暗きに落つるセータンの耳を切る地獄の風は我《プライド》! 我《プライド》! と叫ぶ。――藤尾は俯向《うつむき》ながら下唇を噛《か》んだ。
 逢《あ》わぬ四五日は手紙でも出そうかと思っていた。昨夕《ゆうべ》帰ってからすぐ書きかけて見たが、五六行かいた後で何をとずたずたに引き裂いた。けっして書くまい。頭を下げて先方から折れて出るのを待っている。だまっていればきっと出てくる。出てくれば謝罪《あやま》らせる。出て来なければ? 我はちょっと困った。手の届かぬところに我を立てようがない。――なに来る
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