当りを眺《なが》めている。何が出てくるかと思う。焦茶《こげちゃ》の中折が鴨居《かもい》を越すほどの高い背を伸《の》して、薄暗い廊下のはずれに折目正しく着こなした背広の地味なだけに、胸開《むなあき》の狭い胴衣《チョッキ》から白い襯衣《シャツ》と白い襟《えり》が著るしく上品に見える。小野さんは姿よく着こなした衣裳《いしょう》を、見栄《みばえ》のせぬ廊下の片隅に、中ぶらりんに落ちつけて、光る眼鏡を斜めに、突き当りを眺めている。何が出てくるのかと思いながら眺めている。両手を洋袴《ズボン》の隠袋《かくし》に挿《さ》し込むのは落ちつかぬ時の、落ちついた姿である。
「そこを曲《まが》ると真直です」と云う下女の声が聞えたと思うと、すらりと小夜子の姿が廊下の端《はじ》にあらわれた。海老茶色《えびちゃいろ》の緞子《どんす》の片側が竜紋《りょうもん》の所だけ異様に光線を射返して見える。在来《ありきた》りの銘仙《めいせん》の袷《あわせ》を、白足袋《しろたび》の甲を隠さぬほどに着て、きりりと角を曲った時、長襦袢《ながじゅばん》らしいものがちらと色めいた。同時に遮《さえ》ぎるものもない中廊下に七歩の間隔を置いて、男女《なんにょ》の視線は御互の顔の上に落ちる。
男はおやと思う。姿勢だけは崩《くず》さない。女ははっと躊躇《ためら》う。やがて頬に差す紅《くれない》を一度にかくして、乱るる笑顔を肩共に落す。油を注《さ》さぬ黒髪に、漣《さざなみ》の琥珀《こはく》に寄る幅広の絹の色が鮮《あざやか》な翼を片鬢《かたびん》に張る。
「さあ」と小野さんは隔たる人を近く誘うような挨拶《あいさつ》をする。
「どちらへか御出掛で……」と立ちながら両手を前に重ねた女は、落した肩を、少しく浮かしたままで、気の毒そうに動かない。
「いえ何……まあ御這入《おはい》んなさい。さあ」と片足を部屋のうちへ引く。
「御免」と云いながら、手を重ねたまま擦足《すりあし》に廊下を滑《すべ》って来る。
男は全く部屋の中へ引き込んだ。女もつづいて這入《はい》る。明かなる日永の窓は若き二人に若き対話を促《うな》がす。
「昨夜は御忙《おいそが》しいところを……」と女は入口に近く手をつかえる。
「いえ、さぞ御疲でしたろう。どうです、御気分は。もうすっかり好いですか」
「はあ、御蔭《おかげ》さまで」と云う顔は何となく窶《やつ》れている。男はちょっ
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