洋菓子なんぞ食うのはのらくら[#「のらくら」に傍点]ものだっておっしゃったんでしょう」
「はああ、そうか。亡国の菓子じゃなかったかね。とにかく阿爺は西洋菓子が嫌《きらい》だよ。柿羊羹《かきようかん》か味噌松風《みそまつかぜ》、妙なものばかり珍重したがる。藤尾さんのようなハイカラの傍《そば》へ持って行くとすぐ軽蔑《けいべつ》されてしまう」
「そう阿爺《おとうさま》の悪口をおっしゃらなくってもいいわ。兄さんだって、もう書生じゃないから西洋菓子を食べたって大丈夫ですよ」
「もう叱られる気遣《きづかい》はないか。それじゃ一つやるかな。糸公も一つ御上《おあが》り。どうだい藤尾さん一つ。――しかしなんだね。阿爺《おとっさん》のような人はこれから日本にだんだん少なくなるね。惜しいもんだ」とチョコレートを塗った卵糖《カステラ》を口いっぱいに頬張《ほおば》る。
「ホホホホ一人で饒舌《しゃべ》って……」と藤尾の方を見る。藤尾は応じない。
「藤尾は何も食わないのか」と甲野さんは茶碗を口へ付けながら聞く。
「たくさん」と云ったぎりである。
甲野さんは静かに茶碗を卸《おろ》して、首を心持藤尾の方へ向け直した。藤尾は来たなと思いながら、瞬《またたき》もせず窓を通して映《うつ》る、イルミネーションの片割《かたわれ》を専念に見ている。兄の首はしだいに故《もと》の位地に帰る。
四人が席を立った時、藤尾は傍目《わきめ》も触らず、ただ正面を見たなりで、女王の人形が歩を移すがごとく昂然《こうぜん》として入口まで出る。
「もう小野は帰ったよ、藤尾さん」と宗近君は洒落《しゃらく》に女の肩を敲《たた》く。藤尾の胸は紅茶で焼ける。
「驚ろくうちは楽《たのしみ》がある。女は仕合せなものだ」と再び人込《ひとごみ》へ出た時、何を思ったか甲野さんは復《また》前言を繰り返した。
驚くうちは楽がある! 女は仕合せなものだ! 家《うち》へ帰って寝床へ這入《はい》るまで藤尾の耳にこの二句が嘲《あざけり》の鈴《れい》のごとく鳴った。
十二
貧乏を十七字に標榜《ひょうぼう》して、馬の糞、馬の尿《いばり》を得意気に咏《えい》ずる発句《ほっく》と云うがある。芭蕉《ばしょう》が古池に蛙《かわず》を飛び込ますと、蕪村《ぶそん》が傘《からかさ》を担《かつ》いで紅葉《もみじ》を見に行く。明治になっては子規《しき》と云
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